深々と生い茂る木々、薄暗い視界の先に広がる森の出口を目指し進む少年は、近くに見えてきた看板に気が付いた。地面に刺さる木製の杭、ちょうど目線の高さに長方形の板を打ち付けた、いかにも手作りの看板には手書きで「毒を喰らったら【どくけし】! フレンドリィショップで!」と書かれていた。恐らくあの店長と胡散臭い定員が、経費を極限まで抑え、店を宣伝する為に考えた物が形となり実現した物が、この看板なのだろう。だが、見たところ苔が生え、木製の看板は朽ちかけている。恐らく設置してから何年も経っているのだろう。朽ち果てるのも時間の問題だ。「経費をケチったのが裏目に出たな」と奴らの顔を思い浮かべ、ニヤケながらも、後先考えずに、ほぼ全額【モンスターボール】を買うために小遣いを使い、【どくけし】を買う金がなくなってしまい、芋虫達の【どくばり】に苦しめられている現状を思い出し、少年のニヤケ顔は、すぐに歪み顔へと変わり、また歩き始める。深い茂みを避け、あまり草木の生い茂っていない道を進む少年は、少し開けた場所へと辿り着く。その場所は、あまり木々が生い茂っておらず、見上げると空から太陽の光が降り注いでいた。分かりやすく言うと森に出来た10円ハゲのような感覚だ。心地良い気分で辺りを見渡すと向こうから、こちらに向かって歩いてくる人物がいる。麦わら帽子にタンクトップ、短パン、サンダル、左手には虫取り網、右手には虫かごを持ち、不敵な笑みを浮かべながら、その歩みは止まらない。面倒くさい予感しかしない。「よーしッ!君はポケモン持ってるな?」近くで見ると更に際立つ『森に虫取りに来た』という思いを全身で他人に伝えようとする少年の口元は常にニヤケ、自分の捕まえた虫達を今にも自慢してきそうな勢いだ。だが、これだけ生い茂った森にタンクトップ、短パン、サンダルで来るのは自殺行為だ。毒虫に刺されると一発でアウトだ。「おいッ!聞いてるのか!?」そんな事を考えていた為、虫取りの少年から新たな問いかけが耳に届いた。向き合うとその表情は不敵な笑みから、若干の苛立ち顔に変わっていた。確か「君はポケモン持っているな?」とか聞いてきていたな、「その問いに答える義理は無い。今すぐ立ち去れ」などという失礼な事を言う事は出来ず、首を横に振り【いいえ】を伝えるが、噓を付いた焦りで汗が噴き出してきた。その姿を見て怪しんだ虫取りの少年が声を上げ、指を差す「あーーッ!」その声に「何だ?急に」と指を差された所に目を向ける「ッ!」指が指し示す先にあったのは少年の腰に掛けられたモンスターボールだ。「しまった!」噓を付いたまではいいが、ポケモンの入ったモンスターボールをいつも腰に掛けて持ち歩いている事まで、少年は気が回らなかった。正面に立つ虫取りの少年からすれば見える位置にあるモンスターボールをぶら下げながら、堂々と噓を付いた変な奴ということになる。再びニヤついた正面の口からセリフがこぼれ出る「勝負しようぜ!」そう言い放った虫取りの少年は虫カゴに入ったモンスターボールをいそいそと取り出し構える。そもそもその虫カゴ、使い方を間違っているのではないか?という疑問より「バレてしまってはしょうがない…キサマにはここで消えてもらうっ!」とかいうアニメの悪役的なセリフを思い浮かべている内に少年の足元に何かが忍び寄って来ていた。よく見るとそれは、身体の鮮やかな緑色が特徴的な芋虫ポケモン、この地域では数の少ないキャタピーだ。「いつの間に!?」正面のニヤケ顔に視線を戻すと、まだニヤケている。どうやら少年が余計な事を考えている内に虫取りの少年はキャタピーを繰り出してきたようだ。そして「これがここで捕まえた自慢のキャタピーだ!どうだ!凄いだろ!」と、その不敵な笑みから伝わってくるようだ。その表情に対し、無表情で答える。「ゆけっ!ヒトカゲ!」少年の掴み、構えたモンスターボールから勢い良くポケモンが飛び出してきた!経験を積んだヒトカゲは、この森で更に成長していた。その姿を見たニヤケ顔は、驚きと焦りに表情が一気に曇る。「た、たいあたりだっ!!」焦る気持ちがこちらにも手に取るように分かる指示を聞いたキャタピーがヒトカゲに向かい真っ直ぐに突っ込んでくる!「ひのこ!」その指示を聞き、動き出したヒトカゲは、先に動き出したキャタピーの【たいあたり】が当たるよりも早く【ひのこ】を吐き出す!突っ込んでくるキャタピーは、勢い良く【ひのこ】にぶつかり、炎に包まれながら、その衝撃で地面を転がる。「キャタピーっ!」目を回し倒れるキャタピーをモンスターボールに戻し、立ち上がった虫取りの少年は「負けたぁ!キャタピーなんかじゃダメか」と、負け惜しみを言うニヤケ顔は、負けた悔しさと入り乱れ、いびつな表情を作り出していた。ヒトカゲの【ひのこ】で呆気なく終わった勝負に少年は少し気の毒に感じ、声を掛けようとするが「しッ……!虫が逃げるから またな!」と、さっきまでの出来事がなかったかのように真剣な眼差しで、次の獲物を狙いながら遠回しに、話しを遮り、あっちへ行けと言ってくる横顔に、もうこちらの姿は映らない。あまりの素っ気なさに少し苛立つ少年は「わざと音を立て、その虫を逃がしてやろうか?」とも考えるが、それは流石に幼稚過ぎる嫌がらせと気付き、諦める。サンダルを力強く踏みながら、ゆっくりと音を立てないように進んで行く、中腰の姿を背に、少年は森の奥へと進んで行く。また薄暗い森の中を進む少年は、生い茂った木々が並木道のように生える場所へと差し掛かる。上を見上げると木漏れ日が差し込め、重なり合う木々は大きなトンネルを作り上げている。自然の作り出したトンネルを進む少年に「おーいッ!」と誰かの呼び声が聞こえてきた。振り向くと薄暗い中、木漏れ日を浴びながら手を上げ、足早に近付いてくる人物がいる。その距離は徐々に縮まっていき、遂にその姿を現す。それは、麦わら帽子にタンクトップ、短パン、サンダル、左手には虫取り網、右手には虫かごを持ち、不敵な笑みを浮かべている。まさに、さっき見たソレだ。どうやらこの付近には、こんな格好の奴らが多いようだ。自分ならこんな無防備な格好で虫取りには行かない。目の前のソレ、全身から滲み出ている虫取りオーラと不敵な笑みから感じ取れる事は、ただ一つ。面倒くさいという事だ。「ポケモントレーナーなら勝負は断れないぜ!」そんなセリフを吐いているが、そもそもこちらがポケモントレーナーであるなど一言も言っていない。逆に言えば、ポケモントレーナーでなければ勝負は断れるという事か。「何っ!?ポケモントレーナーじゃないっ!?」首を縦に振り、しぐさで【はい】を示す噓つき少年は、虫取りの少年の立つ位置から腰に掛けたモンスターボールが見えない様に若干斜めに立ち、腕で覆う様にボールを隠す。その違和感のある表情と不自然な立ち方に、疑いの眼差しを向ける虫取りの少年は、何かを覆い隠す様に腰に当てられた腕に気付き、回り見ようと動き出す。その動きに合わせ、ボールが常に見えない位置になるように回り動く少年。「お前っ!いい加減にしろっ!」少年はボールを覆い隠していた腕を掴まれる。「あーーっ!」体勢を崩した少年の腰にぶら下がるモンスターボールを見た虫取りの少年は声を上げる。嘘を付かれた若干の苛立ちから不敵な笑みへと戻った表情の少年は虫カゴから出したモンスターボールを構える。ポケモントレーナーとバレた以上、勝負は断れない。この世界はそういうルール…らしい。口元が一瞬更にニヤケ、モンスターボールからあのポケモンが飛び出してきた!それは、この森に入ってから散々苦しめられてきた頭と尻尾の先に毒針を持つ毛虫ポケモンのビードルだ。それを見た少年は腰に掛けたモンスターボールを掴み取り、決めゼリフと共に、あのポケモンを繰り出す!「ゆけっ!ヒトカゲ!」繰り出された両者のポケモンが睨み合う。ビードルの傍らに立つ少年の表情は、不敵な笑みから今度は焦りへと変わっていた。表情の変化の忙しい奴だ。だが、そうなってしまう理由も分かる。なぜなら【むし】タイプのビードルにとって【ほのお】タイプのヒトカゲは弱点だからだ。【ほのお】タイプの技に当たってしまうと大ダメージを受けてしまう。そんな事を考えている事が、その表情から手に取る様に分かってしまう。そんな表情を見ている少年の表情は、自然と不敵な笑みを浮かべてしまう。「茂みに身を隠せ!」先に動いたのは虫取りの少年の掛け声を聞きいたビードルだった。ビードルは自分の身長、少年達の腰の高さまで伸びる茂みに身を隠す。だが、その茂みは虫取りの少年の後方に少し生えているだけ、攻撃してくるとするならその茂みから飛び出すしか方法は無い。少年の静かな目線の合図を見て、ヒトカゲが小さく頷き、ビードルの隠れた小さな茂みに狙いを定める。静寂の後、また不敵な笑みに戻る口元が遂に動き出す!「今だ!どくばり!」茂みを見詰める少年とヒトカゲの背後からソレは飛び出してきた!「何っ!?背後からだとっ!?」その物音に気付き、予想していた方向とは真逆の方向から飛び出してくるビードルの姿を横目で確認した少年はヒトカゲに指示を出す!「かわせっ!」だが、その掛け声を発するよりも飛び出してきたビードルの【どくばり】の方が速く、ヒトカゲの背後の襲い掛かる!正面でニヤつく口元を前にヒトカゲは少年の指示よりも早く、身を翻す!その傍らをすれすれで飛び抜けていくビードルは、そのまま地面に生える草むらに吸い込まれる様に身を隠す。ヒトカゲは前方にある茂みを警戒しながら背後からの物音に気付き、身を翻す事で間一髪【どくばり】を回避する事が出来たようだ。目の前の茂み、目先にばら撒かれたエサにばかり気を取られていた自分が恥ずかしい。「今の攻撃、よくかわしたな!次はそうはいかないぞ!」そんな言葉を投げかける虫取りの少年の顔は、真剣な表情へと変わっていた。次は本気で仕掛けてくる!少年の額から汗が滲み出る。また始まった静寂の中で少年は考えを巡らせる。最初に茂みに身を隠れさせたのはそこに注意を引き付ける為の罠だった。ビードルは這って移動する為周りを覆いつくす膝ぐらいまで伸びた草木なら少年とヒトカゲの視界に入る事なく移動できる。つまり、ビードルにとって、この近辺全体が身を隠せる天然の隠れ場というわけだ。更に地面を這う音は生い茂る森の葉音でかき消され、攻撃を仕掛けてくる位置が掴めない。恐らくさっきの様な連携は這って移動し、背後に回り込んだビードルが草むらから顔を出し、それを見た虫取りの少年が指示を出したという事なのだろう。「…どうする!?」こうしている間にも、焦る少年のヒトカゲに魔の手は忍び寄って来ている。「!」少年はここである事に気付く。少年の目線の合図を見て、ヒトカゲは静かにしゃがみ、体勢を整える。その行動を見て、あざ笑う口元が喋り出す「ハハハ!それで隠れたつもりか?それともお手上げって事なのかな?アーハッハッハッ!」高笑う口元がニヤ付き、指示を出す。「今だっ!どくばりっ!」草むらから勢い良く飛び出したビードルが視界の外からヒトカゲに向かって襲い掛かってくる。この時を待っていた!静かに佇む少年が声を荒げる!「今だっ!飛び上がれっ!」その指示を聞いたヒトカゲはしゃがんだ体勢から一気に地面を蹴り、その反動をバネにし、身体を大きく跳ね上がる!それを見て口を大きく開き驚く虫取りの少年、そして勢い良く飛んだビードルが元居たヒトカゲの位置へと到達しようとする姿をヒトカゲは空中から視界に捕らえる。「ひのこだっ!」ヒトカゲの視界と重なり合う様な絶妙なタイミングでの地上からの指示に大きくのけ反った身体の口先から火球が顔を出す!【ひのこ】は間もなく真下に到達しようと飛ぶビードルの位置を予測し空中から放たれる!「か、かわせっ!」その指示を聞いたビードルだが、勢いを付け、飛んだビードルに、その方向を変える事はできない。吐き出された【ひのこ】がビードルの身体に直撃する!真下でぶつかった【ひのこ】の風圧を利用し、綺麗に着地したヒトカゲの傍らで、転がり目を回し、倒れるビードル。「ビードルっ!」慌てて駆け寄ってきた虫取りの少年は無事を確認しボールに戻す。立ち上がり睨みを利かす虫取りの少年はカゴの中から新たなモンスターボールを取り出し構え、そのまま繰り出してきた!中から現れたのは全身を硬い殻で覆った、さなぎポケモンのコクーンだった。再びニヤ付く口元が動き出す。「かたくなるだ!」虫取りの少年からの掛け声でコクーンの身にまとう殻は、更に硬くなっていく。だが、【かたくなる】で上がるのは防御だけだ。特殊技の【ひのこ】には全く関係がない。「どうやら、お勉強不足だったようだな!ポケモンスクール的な場所から出直してきな!」そんな勝ち誇った気になった少年の口元がニヤ付き、指示を出す。「ひのこ!」その掛け声を聞いたヒトカゲが身体をのけ反らせ、口先から【ひのこ】を吐き出す!放たれた【ひのこ】は、コクーンへと真っ直ぐに飛んで行く。「かわせっ!」叫ぶ虫取りの少年だが、元々あまり身動きの取れないコクーンからすると回避する事は難しい。激しい音を立て、コクーンの硬い殻にぶち当たった効果抜群の【ひのこ】は体力を一気に奪い、その一撃によりコクーンは目を回し地面に倒れる。その姿を見て、駆け寄ってきた虫取りの少年はコクーンをボールに戻すと、睨みを利かせながらカゴに中をかき回す。が、その中に戦えるポケモンはもういない「あれ?もうポケモンがないや」そんなセリフを言い、頭を掻きながら近付いてきた虫取りの少年から賞金70円を貰う。その時だった!「……おや!?ヒトカゲの様子が……!」傍らに立つヒトカゲの身体を光が包み込んでいく!今まで見た事のない現象に驚き、ただ立ち尽くす事しかできない少年の目の前でみるみるうちにヒトカゲは形を変えていき、ヒトカゲを包む光も徐々になくなっていく。そして現れた新しい姿へと成長したヒトカゲは鋭い爪と牙を持ち、尻尾の炎を力強く燃やしながらこちらを見ている。少年は慌ててポケモン図鑑を開き、ヒトカゲに向かい、かざす。そこにはヒトカゲの進化系、火炎ポケモンのリザードと記されていた。トキワシティ近辺の草むら、この森に入ってからも経験を積んだヒトカゲは、遂に進化の時を迎えたのだ。そのたくましい姿を同時に見ていた虫取りの少年は、驚きの表情で「悔しいな!強いのを捕まえて来よう!」と言い放つと脇目も振らず、虫取りへと戻っていく。そんな後ろ姿を見て、ここでのさばって居ても成長できないぞ?などと優越感に浸り、上から目線の思考に酔いしれる、他の思考が停止した少年はニヤケ顔のまま木々の生い茂る並木道トンネルを進む。その向こうで出口の光が差し込め、長く迷路のように入り組んだ森の終点を告げる。
【初代ポケモン・赤】中二病ポケモンマスターへの道 ブログ小説⑥
ここはトキワシティの年中無休、24時間営業、しかも無料の神施設。言わずと知れたポケモンセンターだ。広々としたフロアには、今日も大勢の人が押し寄せ、大繁盛だ。その中で一人、カウンターに立ち、立ちはだかるトレーナー達のポケモンを次々と元気にしていく女医さんの『ジョーイ』さん。目の前で繰り出される、その目まぐるしい程の手さばきに「おおっ!」と声を出し、驚く人も少なくはない。無料で体力、異常までも全快してくれる、この神的存在に気付き、姑息に何度も利用する。その様な奴も少なくはない。ウィーン…入口の自動ドアが開かれ、白々しい苦笑いを浮かべ、ペコペコと小さく頭を下げながら中に入って来た少年。彼もその中の一人だ。「また、コイツか…」凄まじい手さばきを繰り出しながらも、入口から入り、カウンターへと列を成すトレーナーの群れの最後尾に付く少年を視界に捕らえた女医さんは、笑顔を絶やす事なく、営業スマイルで群れのポケモン達を全快してゆく。「次の方、どうぞ」遂にカウンターまで辿り着いた少年は、その言葉を聞くと笑顔でヒトカゲの入ったモンスターボールを手渡す。手渡されたボールに「やはりな…」営業スマイルで受け答えする女医さんの予想は的中した。ヒトカゲは毒に侵されているのだ。それもそのはずだ。ここを数分置きに嫌がらせの様に訪れている少年の神施設利用目的は、全て、毒の状態異常を回復してもらう為だったからだ。トキワの森へと足を踏み入れた少年は、薄暗い茂みの中、地面を微かな音しか立てずに、這い近づいてくるビードル達に気付く事が出来ずに、度々【どくばり】をもらうヒトカゲ。少年が気付いた時には、時すでに遅し。【どくばり】の針先に付く毒によって、森に入る度、毒に侵され、放って置いても治癒しない毒の状態異常。徐々に身体を蝕んでいく毒、このまま進んだところで、どの道、瀕死のヒトカゲを抱えたまま、結局、戻る結果になる事は目に見えている。そして、またここへ引き返して着ていたのだ。それを何度も繰り返し、今、目の前で満面の笑みを浮かべる少年。「学習能力の無い奴め…」そう思いながらも、笑顔で受け答えする女医さんには全てお見通しだ。『ねぇ この店の売れ筋は どくけし なんだって!』少年は、ヒトカゲが毒に侵される度、あの胡散臭いフレンドリィな店で買い物をしていた客の言葉を思い出していた。あの客が店で雇われたサクラだったのかは、さて置き、やはりあの森を抜けるには『どくけし』が必要不可欠だ。だが、後先考えずに有り金をほぼ全額モンスターボールを買う為に使ってしまった少年に『どくけし』を買える余裕などあるはずがない。機械が停止し、その上に並べられたボールがまた女医さんから少年へ手渡される。「お待ちどうさまでした!お預かりしたポケモンは みんな元気になりましたよ!またのご利用を お待ちしてます!」そんな定型文を言いながら営業スマイルで少年を見る女医さんに、白々しい微笑を浮かべ、ペコリと小さくお辞儀をした少年は、足早に入口の自動ドアから立ち去って行った。何度も見た、その申し訳なさそうにも見える少年の後ろ姿に「コイツ…また来るな……」と、呆れながらも、表情を崩さない女医さんは、列を成す来客の群れに微笑み、呼びかける。「次の方、どうぞ」今日も女医さんの営業スマイルは終わらない。日の光も遮られる程に木々や草花の生い茂るトキワの森。薄暗いこの森に再び足を踏み入れる少年は、忍び寄ってくるビードル達の【どくばり】にうんざりしていた。この森へ入るトレーナーのほとんどは『どくけし』を持参する。有り金をほぼ使い果たした少年は、気合でこの森を抜ける方法しかないのだ。だが、何度も訪れて行く内に、徐々に慣れてきた少年の目は、薄暗い森の地形がある程度見える様になっていて、ビードル達が這いずり回る深い茂みを避け、回り道でもあまり草木の生い茂っていない道を選び、歩き進んでいた。ガサッ!深い茂みの奥で何かが動いているのを確認した少年は息を凝らし、その茂みを見詰める。「芋虫野郎だと厄介だ。隙を見て立ち去ろう。」そう思う少年は、茂みから後ずさる。が、その茂みから少年の予想とは違う二つの耳が顔を出す!「何だ!?あの耳は!」『どくけし』を持っていなかった為、何度もこの森を訪れる事となっていた少年だったが、あんな形のしなやかに動く尖った耳を持つポケモンとは遭遇していなかった。【どくばり】を貰う恐怖心よりも好奇心が勝り、目を見開いた少年は、深い茂みを次々と搔き分け、遂に二つの耳へと辿り着く。「!!」驚き、目が更に大きく見開いた少年の目の前に現れたポケモンは、なんと、テレビでも大人気!CMでも引っ張りだこ!その愛くるしいルックスから、町のデパートでは、ぬいぐるみやキーホルダーなどを中心に数々のグッズが造られ、他の町ではその偽物グッズまで出回る始末!今、少年の目の前にいるポケモンこそ、そのモデルとなった有名なねずみポケモンのピカチュウだ!「ピカチュウって、トキワの森にいたのか!!」テレビでしか見た事のない大人気キャラクターを目の前にして、まるで芸能人に会ったかのような感覚に捕らわれた少年は、キラキラと輝かせた瞳で見詰め、自然と握手をお願いするかの様に差し出された手を見たねずみポケモンが後ずさる。その行動を見て、ハッ!と我に返った少年。「しまった!ここにいるのは野生のピカチュウだ!何を握手会と勘違いしてるんだ!馬鹿か!」気を取り直した少年は、腰に掛けたモンスターボールに手を伸ばす。今度は違う感情でキラキラと輝き出した少年の瞳にピカチュウが映る「絶対ゲットしてやる!!」勢い良く突き出されたボールからポケモンが勢いよく飛び出してきた!「ゆけっ!コラッタ!」ボールから出て来た、ねずみポケモンと野生のねずみポケモンが睨み合い、威嚇する。コラッタは、少年がヒトカゲ強化の為、トキワシティ辺りの草むらでバトルを繰り広げていた時に、サクッとゲットしたポケモンだ。薄暗い茂みの中、先に動いたのは、野生のねずみポケモンだった!力を入れる様に構えた身体、頬っぺたの両側にある小さな電気袋そこから発電した電気の帯がコラッタを目掛けて飛んでくる!突然の出来事に戸惑い、少年の指示が遅れる。「かわせっ!」少年の掛け声と同時にコラッタの身体が電撃に包まれ、薄暗い森に一瞬、閃光が走る!「コラッタ!」声を上げる少年の傍らで【でんきショック】をまともに喰らい、バチバチと静電気で毛を逆立たせながら倒れるコラッタ。何とか起き上がろうとするコラッタに、もう一度【でんきショック】を叩きこもうと構えを取り電気袋を光らせる、ねずみポケモン。「まずい!このままだと二撃目もまともに喰らってしまう!」愛くるしいルックスとは裏腹に恐ろしく攻撃的なポケモンだということに、今更気付かされた少年の額から汗がにじみ出る。焦りながらも、冷静を保とうとする少年の出した答えは「茂みに身を隠せ!」その指示を聞き、痺れる後ろ脚で力一杯地面を蹴り上げ茂みに飛び込んだコラッタを追う様に野生のねずみポケモンの電撃が放たれる!バリバリと音を立て、狙いを付けた茂みに落ちた電撃が森にまた一瞬の閃光を生んだ!「コラッタはどうなったんだ!?」少年の不安な気持ちが表情となって浮かび上がる。それをよそに、きびすを返し、茂みの中へ逃げ去ろうとする野生のねずみポケモン。ガサッ!その物音と同時に逃げ去ろうとする野生のねずみポケモンの目の前の茂みから、勢い良く姿を現したのは、少年のねずみポケモンだった!「コラッタ!」声を上げる少年の目の前で、コラッタの勢いづいた【たいあたり】は、不意を突かれた野生のねずみポケモンの額にぶち当たる!その凄まじい衝撃に後方へ弾き飛ばされた、ねずみポケモンは落ちた先の茂みを激しく転がる!コラッタは間一髪で、あの電撃から逃れ、野生のねずみポケモンの背後へと回り込んでいたのだ。あれは間違いなく急所に当たった事だろう。「今だっ!」必死に起き上がろうする野生のねずみポケモン目掛けて少年は狙いを付けたモンスターボールを力一杯振り投げる!あの自己満爺の様に!少年の手元から投げられたボールは綺麗なカーブを描き、ねずみポケモンの額に当たる!ボールへと吸い込まれたねずみポケモン、ボールの真ん中にあるボタンの点滅が始まる。…静まり返った森の茂み、息を吞む少年の目の前で激しく転がり点滅するボール。中のねずみポケモンは必死に抵抗しているのだろう。右へ左へ転がるボール…。「ピカチュウ!仲間になってくれ!」少年がそう願った時、転がり回っていたボールのボタンの点滅が止まる。「…や、やった……」ピカチュウの入ったモンスターボールを拾い上げると、驚きと笑顔でコラッタと顔を見合わせる少年。「ピカチュウ ゲットだぜッ!」決めポーズと共に嬉しさのあまり、気付けばこの言葉を口にしていた。…大声で。恐ろしく攻撃的でかなりの苦戦を強いられたが、これからは味方と思うと心強い。昨日の敵は今日の友…そんな言葉をどこかの誰かが言っていた様な気がするが…「まいっか」そんな事を考えるよりも森を抜ける事の方が重要だ。「コラッタありがとう!ゆっくり休んでくれ。」頑張ってくれたコラッタと改めて顔を見合わせた少年はコラッタの戻ったモンスターボールを腰に掛けると深い茂みを避け、あまり草木の生い茂っていない道へと戻り、また歩き出す。薄暗く、木々の生い茂る森は、少年の視界の先で深々と広がる。
【初代ポケモン・赤】中二病ポケモンマスターへの道 ブログ小説⑤
トキワシティに引き返して来た少年は、タウンマップを見つめていた。この先進むにしても、やはりあの道を行くしかない…。その道というのは、トキワシティから北に伸びる道。ニビシティに繋がる通路の事だ。だが、そこに向かうには問題が一つあった。『ういーっ!ひっく……待ちやがれ! わしの話を聞け!』少年は、あのクレイジーな爺を思い出していた。あの爺がいる限り、その先へ進む事は叶わないだろう。「酔っ払いめっ!…」だが、他に行く当ての無い少年は、駄目元で、もう一度あの場所を訪れる。すると、驚くことに、あの爺がいなくなっているではないか!「今がチャンス!」だが、まだ安心は出来ない。あのイカれた爺の事だ。どこかに身を潜め、監視し、『……こら! 行くな!と言っとろーが!』あの決め台詞を吐き散らし、行き交う人々の通行を妨げているに違いない!だが、少年は、爺の欠点に気付く。それは、奴がその場に待機していない事だ!以前は、あの狭い通路に横たわり、異常な足技で、来るものを阻んでいた為、通る事が出来なかった。だが、今回は違う!覚悟を決めた少年は、勢いよく駆け出して行く!その全力の猛ダッシュに砂埃が上がり、遂に、あの場所を通過する!「やった!やったぞっ!遂に通過してやったぞっ!フハハッ!…残念だったな爺。もはや老いぼれたキサマの、その足では追い付けまいっ!」そう心の中で、勝ち誇った様に高笑いをする少年は、ギラギラと輝かせる瞳の下で、口元に不敵な笑みを浮かび上がらせた。「うーん……」突然、傍らから聞こえてきた奇妙な唸り声に気付き、少年は声のした方に振り向く。「うわっ!」目にした光景に驚きのあまり、少年は、うかつにも叫び声を上げてしまう。そこには、有ろう事か通行人を待ち伏せ続けていたはずのイカれた爺が立っているのだ。何故コイツがここにいる!?まさか、走り抜けて来る事を予測し、この付近で待機していたというのか!?「クソっ!ハメられた!」そう思わずにはいられない少年は、自分の浅はかな考えを悔やみ、勝ち誇った様な不敵な表情も、一瞬にして曇り、しわくちゃの梅干しの様な悔し顔へと変わる。逃げようにも、猛ダッシュの末、息を切らし、あまり身動きが取れない。「酔っ払ってた みたいじゃ!頭が痛い……」頭を抱えながら呟く老人の姿を、静かに見つめるしかない少年。「時に、お急ぎ……かな?」そんな問いを掛けられ、お急ぎだが、身動きの取れない少年。【はい】と言って通り過ぎようと、必死になって駆け出したとしても、このイカれた爺に回り込まれて捕まるのが関の山だ。ここは大人しく言う事を聞くのが無難だろう。額から滲み出る汗を手の甲で拭い、息を切らしながら、首を横に振る。その行動で【いいえ】を伝えると、老人はニヤリと笑い、その小さな眼でアレを見つける。「ほっほう!ポケモン図鑑 作っとるか」その発言を聞き、少年の目が見開く。「何故分かった!?図鑑を作ってる事は一言も言ってないぞ!」疑問に思った少年が振り返ると…「っ!しまった!」そう思った少年の視界に映っていたのは、リュックのサイドポケットから、はみ出すポケモン図鑑だった!面倒くさがりの少年は、新たなポケモンを見かけるたびにリュックから出し入れする図鑑のうっとうしさのあまり、自分でも気付かぬ内に、博士から預かったハイテク機械をサイドポケットに入れ、世間にさらしてしまっていた。「だが、何故この爺がポケモン図鑑の事を知っている!?」という疑問よりも「その小さな眼に関わらず、なんという視力だ!この爺…侮れん!」という気持ちが上回り、向き直した視界の傍らに立つ爺を警戒し、身構える!「しかも、この爺…何か底知れぬ洞察力を感じる!」少年は、自分が見透かされる様な感覚に囚われ、思わず息を吞み、得意の苦笑いを浮かべる余裕すら無い。「なら わしから アドバイスじゃ!ポケモンを捕まえて調べれば自動的にページが増えていくんじゃよ!」笑顔で自慢げに語り出す爺を見ながら「そんなことは知っている」などという爺を挑発する様な言葉を発せられる訳もなく、静かに頷いていた。「なんじゃー 捕まえ方を知らんのか!では……わしが お手本を見せてやるかな!」急に張り切り出した爺を見て、ふと我に返り、ハッ!と驚く。「しまった!」知っている事ばかり語り出す老人に気が付けば自然と相槌を打っていた少年は、知らず知らずの内に、恐らく「お前さん ポケモンの捕まえ方 知らんのではないか?」的な問い掛けにも頷いてしまっていたのだろう。爺に笑顔で腕を掴まれ、グイグイと林の中へと連れて行かれる少年は、重大な事に気付く。最初の問いの答え【いいえ】。それこそが運命の分かれ道だったという事に!だが、それに気付いたところで、もう手遅れだ。事件は現場で起きている!が、結構手前で老人の足が止まる。老人の視線の先を見ると、木を這う様に登って行く、トキワの森での目撃情報が多い〔けむしポケモン〕のビードルがいた。老人は、静かにモンスターボールを取り出すと、鋭く狙いを付けたビードルに、それを投げ放った!投げ放たれたボールは、レーザービームの様に一直線に、凄まじい速さで飛んで行くとビードルの後頭部に命中し、ビードルはボールに吸い込まれ、そのままボールと共に地面に落ちてくる。その僅か数秒間の内に、ほぼ音も無く行われた神業に、息つく暇もなく少年は、その驚きに目を見開き、只々立ち尽くす事しか出来なかった。地面を転がったボールの真ん中にあるボタンは赤く点滅するが、ボールに入ったビードルは外に出ようと暴れる様子はない。やがてボタンの点滅は終わり、モンスターボールを拾い上げる爺。恐らくビードルは、自分が捕まった事すらも気付いていないのだろう。驚きが表情に現れ、固まってしまった少年は、こう思った「将に密林のスナイパー!」。林から道へ、共に戻ってきた老人は「初めの内は ポケモンを弱らせてから取るのがコツじゃ!」と、自己満が終わり、満面の笑みで語ると、少年を解放し、そこらをぶらつき始める。その腰が曲がり、ぶらつく姿を見て「なんて身勝手な爺なんだ…」と、クレイジーに思う反面、ビードルを一瞬で捕らえた神業に、感服した少年は「達人の領域に達した者は、こういうイカれた奴が多いのかも知れない。昔は数多くのポケモンを捕らえてきたエキスパートだったのだろう」と思う少年は、その敬意を表し、クレイジー爺、名を改め、自己満爺。というレッテルを貼ると、その場を後にする。ニビシティへと向かうため、街を出ようとする少年に、分かれ道が現れる。それは以前、自己満爺に行く手を阻まれ、辿り着く事の出来なかったトキワジムへと伸びる通路だった。その事をすっかり忘れていた少年は、刷り込みが行われているポケモンスクール的な場所での事を思い出し、ジムへと歩き出す。「見てろよ!ジムリーダー!お前を叩き潰してやる!」と、会った事もない相手に、闘志をメラメラと燃やす少年は、遂にトキワジムの前へと辿り着く。目の前に聳え立つ巨大な建物は遠くで見た時とは比べ物にならないならない程、巨大で、力強く聳え立っている。まるで城壁の様にも見えるその外装には、近くで見ると、ますます巨大に見えるGYMの文字。その建物の脇に立つ看板にも目を向ける。そこには『トキワ ポケモンジム』と書かれていた。「って、どんだけ目立ちたがり屋だよっ!」と、シンプルなツッコミを入れる事なく入口へと進んだ少年は、そこに取り付けられた大きな手動ドアを掴み開く。ガシャッ!だが、ドアは開かれる前に音を立て、止まる。よく見るとドアには大きな南京錠で鍵が掛けてある。すると近くを通り掛かった老人が、おもむろに話し掛けてきた「いつ来ても このポケモンジムは閉まっとる 一体どんヤツがリーダーをしとるんじゃろか?」首を傾げながら語る老人の言葉を聞きいた少年は、この事の真のクレイジーさに気付かされる。「遠くからは大きく書かれたGYMの文字で誘い、それに誘われて来た者を段差の仕切りによって拒み、通路に放たれた刺客、クレイジー爺が進行を阻み、必死に抗い、藁をも掴む思いで、ようやく辿り着いた入口で、有無を言わさず門前払い!」少年は、燃え上がる怒りを必死に抑え、呟く。「なんてクレイジーなんだ…」静かに怒りを燃やす少年だったが、顔色は赤く染まり、その表情は鬼の形相へと変わってしまっていた。行き場のない怒りに、地面を踏みつけながらその場を後にした激おこぷんぷん丸は、ニビシティへと続く道、木々が所狭しと生い茂るトキワの森へと足を踏み入れるて行く。
【初代ポケモン・赤】中二病ポケモンマスターへの道 ブログ小説④
『サトシには貸さない様に姉ちゃんに言っておくから 俺ん家へ来ても無駄だからな!』研究所の外へ出た少年の脳裏に、先程の嫌味ったらしい言葉が甦ってきた。だが、地図があるのと無いのとでは大違いだ。この先、旅をするのにタウンマップは必要になってくる事だろう。アイツにはダメ押しされていたが、幼馴染の家を訪れた少年は、玄関のドアをノックする。「はーい」中から声が聞こえ、ドアが開かれる。中から出てきたのは幼馴染のお姉さんだった。少年も、この人に会うのは久しぶりだった。幼馴染の家庭は、シゲル、お姉さん、オーキド博士の三人で暮らしている。こちらも相当複雑な家庭の様だ。久しぶりに見る少年に、微笑んだお姉さんは、「オーキドの お爺ちゃん お仕事頼んだんだって?」と問を掛けてきた。その言葉を聞き、やはりアイツの手が回っていた事に気付いた少年は、「一足遅かったか…」と思うが、先に研究所から出て行ったシゲルからすれば当然の事だ。「大変ねー」他人事の様に話すお姉さんは、何かを取り出し、持ってくる。「これ あげるから使って!」手渡された物を見て驚く!それは、シゲルから貸さない様にとダメ押しされたであろうタウンマップだった。「貸さぬ様言われたはずのタウンマップを?しかもタダでくれるだと!?」手にした思いがけない物を見て驚き、向き直した少年の目に微笑むお姉さんが映る。「自分のいる場所や街の名前が知りたい時 タウンマップ 使うといいわよ」と少年に使い方を教え、優しく微笑んだお姉さん。あの嫌味ったらしい弟とは大違いのお姉さんの慈悲深さに感服致した少年は、感謝のお辞儀をすると、幼馴染の家を後にする。マサラタウンから北に位置するトキワシティへ、もう一度向かうため歩き出した少年は、ある事に気が付く。それは、旅をする事をまだ母親に伝えていないという事だった。それに気付いた少年は、ポケモンを貰ったあの日から帰っていない自宅のドアを開ける。中に入ると、椅子に座る母親は、ブラウン管テレビに映る午後のワイドショーを今日も眺めている。いつもと変わらない光景に少年は、呆気に捕らわれるが、内心ホッとしていた。「サトシ……! 少し休んで行ったら どうかしら……?」帰ってきた息子に気付いた母親は、あまり多くは語らず、そう問い掛けてきた。静かに頷いた少年は、二階の自分の部屋で横になる。少し休むと一階へ降りてきた息子の顔を見て、微笑む母親は、「あらあら! あなたもポケモンも元気いっぱいね! それじゃ 気を付けて! 行ってらっしゃい!」と快く送り出す。ポケモンを貰った事も、これから旅に出る事も伝えていないのに、その全てを理解した上で送り出す様な言葉。「何も言わずとも全てを理解する常識を超えた現象!…もしや!悟りを開き、神の領域に達したというのか!?」ブラウン管テレビから聞こえてくる午後のワイドショーのBGMを背中で感じながら、玄関のドアを開ける少年は、振り返らずに、自宅を後にする。トキワシティへ向かう途中、見覚えのある後ろ姿を目撃する。その胡散臭い後ろ姿は、マサラタウンを旅立ったあの日、少年の脳裏に焼き付いた物と全く同じ姿だった。その立ち並ぶ木々に顔を付け、通路側に立つ少年に背を向けて立っている人物、恐らくマサラから来る初心者トレーナーを待ち伏せているのだろうが、今の所マサラから旅立つトレーナーは自分とアイツ以外にいない。この先、需要は見込めないだろう。店長も見切りを付けて引き揚げさせた方が良い。そんな事を考えながらも、他人事に首を突っ込まない少年は、声を掛ける事無く街を目指す。トキワシティに戻ってきた少年は、少ない小遣いをほぼ全額ぶち込み、モンスターボールをまとめ買いすると、フレンドリィショップから出てくる。草むらでサクッとコラッタとポッポをゲットした少年は、まだ進んだ事の無い新天地。タウンマップで調べるとトキワシティから西へ伸びる通路、22番道路に来ていた。生い茂る草むらから飛び出してくるポケモンに育ち盛りのヒトカゲが、次々とワンパンを決めていく。この爽快感に酔いしれる少年は、ちゃっかり毒針ポケモンのニドランの♂♀ペアもゲットし、絶好調だった。「この辺りで我に敵う者はいない!」優越感に浸りながらニヤ付き顔が止まらない少年は、更なる高みを目指し、歩みを進める事にする。タウンマップを開くと、この先を進めばチャンピオンロードとかいうロードが書いてあった。「この先を進めばチャンピオンが自分を待っているのか!」そう思う少年は、ヒトカゲがチャンピオンのポケモン達をワンパンしていく姿を思い浮かべ、その更にニヤ付く顔は傍から見れば、もはや変人の域だ。その表情を維持したまま歩いた先、「あーッ!サトシ!」自分を呼びかける聞き慣れた声に歩みが止まる。ふと我に返り、戻された現実の視界に、いきなり目の前に現れるライバルに驚き、「うわっ!」と、叫び声が出てしまいそうな口を寸前で閉じ、声を呑み込む。「何やってんだコイツ?」と言わんばかりの馬鹿にした様な表情を浮かべるライバルに必死で平然な表情を作る。「ポケモンリーグに行くのか?」突然の的を射た問い掛けに、「どうしてそれを!?顔に出ていたのか!?」平然を装う事が出来ないほどの驚きと疑問は、遂にその表情に現れてしまう。その図星の表情を見たライバルは、鼻で笑うと、いつも通りのキザな笑いを浮かべ、「やめとけ! お前どうせバッジ持ってねーだろ?」と言い放つ。「バッジ?何を言っているんだコイツは」さっぱり分からない問い掛けに少年は、困惑する。「見張りの おっさんが通してくれねーよ!」その言葉を聞き、目の前にいるコイツは追い返されて来たと気付いた少年は、いつも馬鹿にされてる仕返しに、小馬鹿にする様に心の中で笑った。「……それよりさあ!お前のポケモン 少しは強くなったかよ?」開き直り、話題を変えたライバルは、相変わらずのキザな態度で、勢いよくポケモンを繰り出してきた!またコイツの我がままで仕掛けられたバトルだったが、鍛えられたヒトカゲを戦わせたくてウズウズしていた少年は、俄然やる気に満ち溢れ、腰に掛けていたモンスターボールを掴み取り、構える。「丁度いい、チャンピオンをぶっ倒す前の肩慣らしだ!!」そう心の中で思った少年は、自信に満ち溢れ、力強く見開かれた眼力の下で口元が不敵な笑みを浮かべる。「ゆけっ!ヒトカゲ!」決めゼリフと共に勢いよくポケモンが飛び出す!草むらで鍛えられたヒトカゲの前に、立ちはだかるライバルのポケモンは、あの戦い慣れた一般的な小鳥ポケモンのポッポだった。だが、野生で見るのとは違い、隙の少ない立ち振る舞いに対し相手の裏をかくには、新しく覚えたこの技しかなかった!「ひのこだ!」少年の掛け声と共に、狙いを付けたヒトカゲの口から勢いよく放たれた【ひのこ】は、さっきまでのキザなニヤ付き顔が驚きと焦りに変わるライバルのポッポに力強く飛んで行く!「かわせ!」一瞬遅れて掛けられた声に動き出そうとする間もなく【ひのこ】に呑み込まれたポッポは、身体に付く炎を振り払うが、それでも身体にかなりのダメージを受けてしまい、動きが鈍る。これは、チャンスだ!少年の掛け声で素早く駆けだしたヒトカゲは、一気に距離を詰め、鋭い爪を剥き出しにし、ポッポの身体に襲い掛かる!「今だ!」その掛け声を聞き、ヒトカゲをギリギリまで引き付けたポッポの鉤爪で巻き上げられた地面の砂は、勢いよくヒトカゲの瞳に命中する!目に入ってた砂で、狙いが定まらなくなったヒトカゲの【ひっかく】攻撃は、動きの鈍ったポッポにも簡単にかわされてしまう。「かぜおこし!」ライバルの掛け声で、ポッポの傍らで体勢を崩すヒトカゲに、近距離からの繰り返し羽ばたかれた風の渦が勢いよく襲い掛かる!「かわせ!」背後から聞こえる少年の叫び声に動き出そうとする身体は、勢いよく渦巻く風の流れに逆らえず、為す術なく呑み込まれ、弾き飛ばされる!「ヒトカゲ!」飛ばされた先の地面で転がり、起き上がるヒトカゲに少年が呼び掛ける。見たところ、あまりダメージは受けていないようだが、やはり目は開き辛い様だ。「かぜおこし!」ライバルの掛け声と共に、畳み掛ける様に勢いよく羽ばたかれた風の渦が急速に迫ってくる!普段のヒトカゲなら、かわす事も出来るはずだが、視界を狭まれたこの状況では回避する事は難しいだろう。「どうする!?」額に汗を滲ませる少年は【かぜおこし】が命中するまでの数秒間で考えを巡らせる。そうだ!と、とっさに思い付いた策に少年は賭け、口元が動く。「風が向かってくる方向に、真っ直ぐ全力で、ひのこだ!」その少年の掛け声に、視界を狭まれたヒトカゲは身体を通り過ぎてゆく風の流れに向き直すと身体を仰け反らせ、腹の底から勢いよく【ひのこ】を吐き出す!力強く吐き出された【ひのこ】は、直撃寸前まで近付いていた【かぜおこし】とぶつかると、それを風船を割る様に、いとも簡単にかき消し、風の流れは分散し、周りに散る。風の渦をかき消した、火球の様に勢いよく真っ直ぐに飛んで行く【ひのこ】の向かう先には、ポッポが地面の砂埃を舞い上げながら翼を羽ばたかせ、風を送っている。少年が思った通り、放たれた【かぜおこし】の直線上には、やはりライバルのポッポがいた。まさかの、風の渦を貫通して飛んでくる火球、思ってもいなかった事態にライバルの指示が遅れる「かわせ!」叫び声を上げるが、手遅れだ。勢いよく真っ直ぐに向かってきた火球の様な【ひのこ】がポッポの身体に直撃する!燃え盛る【ひのこ】に包まれ、弾き飛ばされたポッポは、飛ばされた先の地面で転がり、目を回し倒れる。少し悔しそうな表情に変わったライバルは、ポッポをモンスターボールに戻すと次のポケモンを繰り出してきた!そのポケモンは少年も知っている、あのポケモンだった。全身を青く染め、硬い甲羅で身を守る亀の子ポケモン。このポケモンを見るのは、博士から初めてポケモンを貰ったあの日以来だ。一瞬ニヤ付いた様に見えたライバルの口元が動く。「ゼニガメ!あわだ!」その掛け声に、構えたゼニガメの口からシャボン玉の様に無数に吐き出された【あわ】は、ヒトカゲの身体をゆっくりと包み込む。「何だ?この技は、これがゼニガメの新しい技なのか」と、どう見ても普通の泡にしか見えない少年は、「泡風呂みたいだ」と、呆れた様な表情でヒトカゲに向き直す。だが、そこには苦しそうに【あわ】に耐えるヒトカゲの姿があった。ほのおタイプのヒトカゲにとって、みずタイプの技【あわ】は弱点に当たる。その事を思い出した少年の表情は焦りを浮かべる。油断していた間に周りを【あわ】が埋め尽くしてしまっていたのだ。「すなかけで視界を奪い、あわで取り囲み継続的にダメージを与える作戦か!」と気付くが、もう遅い。威力は低そうだが、ヒトカゲにとっては苦しい状況だ。「どうする!?」焦る気持ちに額にかく汗が流れ落ちてくる。指示を出そうにも視界の狭められたヒトカゲを【あわ】の届かない所まで誘導するのは難しい。まずは、これをどうにかするしか…「!」ここで、ある考えが閃き、少年の口元が動く。「あわに顔を付けろ!」意味の分からない発言に、ライバルは馬鹿にした様に首を傾げる。「血迷ったか?」呆れるライバルの視界の先で、指示通りに苦手な【あわ】に顔を付けるヒトカゲ。それを確認した少年は更に指示する「目を開き、砂を洗い流せ!」その発言を聞き、ハッ!としたライバル。「させるな!たいあたりだ!」その傍らで立ち、【あわ】を吐き出し続けていたゼニガメは、口を閉じると駆け出し、地面に無数に吐き出された【あわ】に甲羅の腹側で滑り込む様に勢いよく飛び込むと、割れ出した【あわ】の地面に残る水気を利用し、一気に滑り抜けて行く!「この時を待っていた!」急速に近付い来る、真っ直ぐに地面を滑る甲羅の音、視界が狭まれた状態のヒトカゲでも攻撃を当てる事は容易い。「近付いて来る音に耳を傾けろ!」その言葉を聞き、囲まれた【あわ】の中で静かに力を溜める様に構えを取るヒトカゲは、鋭い爪を剥き出しにする。「駄目だ!引き返せ!」今から起ころうとしている状況に気付き、声を荒げたライバルだったが、勢い付いた加速する甲羅をゼニガメは止められない。「今だっ!ひっかく攻撃っ!」少年の掛け声と共に放たれた力強い【ひっかく】は、急速に近付いて来た青い甲羅にカウンターを喰らわす様に豪快な一撃を浴びせる!抜群のタイミングで引き裂かれた甲羅は、まるでホームランを打たれた様な凄まじい勢いで、後方に弾き飛ばされた先で、木にぶつかり、落ちた地面で回転する。「ゼニガメ!」呼び掛けるライバルの声に、甲羅から顔を出したゼニガメは、残り僅かな力を振り絞り、立ち上がろうとする。あの凄まじい攻撃に対し、とっさに甲羅に身を隠したゼニガメの判断は正しかった。生身に当たっていれば、即戦闘不能になっていただろう。少年は、ヒトカゲに向き直すと、そこには目に入った砂が取れたであろうヒトカゲの瞳と目が合う。静かに頷いた少年は、自信満々に言い放つ。「畳み掛けろっ!ひっかく攻撃だっ!」その掛け声を聞き、ゼニガメの滑って出来た【あわ】の無い直線の道をヒトカゲは駆け抜けてゆく。ゼニガメとの開戦時から、足にまとわり付いた【あわ】に速度を下げられるも、鍛えられたヒトカゲの取っても余りある素早さに、ゼニガメとの距離は見る見るうちに縮まってゆく。やっとの思いで立ち上がったゼニガメの視界に、鋭い爪が襲い掛かる!「あわだっ!」ライバルの掛け声に、口から吐き出された無数の【あわ】が鋭い爪に、先に吐き出された方から順番に勢いよく割られてゆく!次々と割られる【あわ】、遂にゼニガメの顔が姿を現す!「決めろっ!」後ろから聞こえる少年の掛け声に、力を込めたヒトカゲの【ひっかく】が頭部を捕らえる!その衝撃で地面を転がったゼニガメは目を回し、倒れる。「あーッ!」叫び声を上げ、ゼニガメに駆け寄ってきたライバルは無事を確認するとモンスターボールに戻す。「こいつ舐めたマネを!」思った事を直ぐ口に出すライバルは、言葉にすると同時に、不機嫌そうな顔で、こちらを見てくる。その後、近付き、拳が突き出される!少年は「憂さ晴らしに殴られるのか!?」と思い、身構える。が、その拳は少年に当たる前に止まり、そこで開かれ、握り拳の中からアレが出てきた。少年は、賞金として280円手に入れた!見掛けによらず意外と律儀なヤツだ。この世界では負けた方が勝った方に賞金を渡す。そういうルールになっている…らしい。「どうやらポケモンリーグには 強くて凄いトレーナーがウジャウジャいるらしいぜ」さっきまでの不機嫌な態度から一変し、開き直った様に、話題を変えて話し出すライバルに、少年は、一瞬驚かされる。嫌味なヤツだが、そういう後腐れの無い所は立派だ。「どうにか あそこを通り抜ける 方法を考えなきゃな!お前も いつまでも ここらに いないで とっとと先に進めよ!」と勝負に負けた事も忘れたのかと思うほどに、キザなニヤ付き顔を満面に浮かべたライバルは、去り際にまたキザなピースを投げ、その後ろ姿は見えなくなった。勝負には勝ったが、少年は、少し苛つく。ライバルには念押しされたが、ポケモンリーグ側に歩みを進め出した少年に、看板が見えてくる。『ここはポケモンリーグ正面ゲート』立ち並ぶ柵の間にある看板から見上げると、そこには巨大な建物が聳え立っていた。近くまで来ると、その巨大さが、更に際立ち、城壁の様に聳え立っている。ウィーン…の割に意外と小さめの取り付けられた自動ドアが音を立て、開く。中に入ると、開けたフロアに一直線に絨毯が敷かれ、その先に大きな扉、その傍らに立つ一人の男、絨毯の四隅にはポケモンを象った、大きな銅像が飾られている。堂々と絨毯を歩いてきた少年が大きな扉の前まで来ると、傍らに立つ男が、遂に話し掛けてきた。「ここから先は本当に強いポケモントレーナーだけ通れます」警備員の様な格好の胡散臭そうな男は、そう語り掛けてくる。恐らく警備員だろう。「あなたは まだグレーバッジを持ってませんね!」その吐き出された言葉と同時に効果音が鳴り響く!「ぶっぶーーッ!」突然の出来事に、ビクッ!と動いた、驚く少年の目が見開く!「何だ!?今の効果音は!!」そう思った少年は、周囲を確認するが効果音が鳴りそうな物は見当たらない。「って事は、傍らに立つ、このおっさんが腹話術の原理で効果音に似た声を発したって事か!!」そう結論に至り、改めて警備員に向き直す。「…だとすれば相当クレイジーな奴だ!」考えを巡らせていた少年の額から冷や汗が流れ落ちる。「決まりですから通す訳には いきません!」真面目そうに言い放たれた一言に、あの言葉を思い出す。『見張りの おっさんが通してくれねーよ!』ライバルが言っていた言葉を思い返し、少年は、気付かされる。「見張りの、おっさんとはコイツの事か!」だが、分かったところで、どうという事は無い。「あっ!UFO!とか言って、注意が逸れるた隙に扉を開き中に入る。だが、腹話術で効果音を出してくる様なクレイジーな奴に、そんな子供だましが通用するか?答えは限りなくNOだ!そもそも、あの扉には鍵が掛けてあるんじゃないのか?…」考えを巡らせていた少年は、ふと我に返る「アホ臭っ!」馬鹿馬鹿しい考えを巡らせていた自分に、恥ずかしさが押し寄せてきた少年は、帽子を深々と被り、警備員に背を向け、歩き出す。「チャンピオン!命拾いしたな!」とかいう恥ずかしい捨て台詞を吐く事もなく引き返した先の自動ドアが開き、外へ出た少年の見上げた視界に、どこまでも続く青空が広がっていた。
【初代ポケモン・赤】中二病ポケモンマスターへの道 ブログ小説③
観光気分で情報収集を続ける少年は、ポケモンスクール的な場所を訪れていた。一戸建ての部屋の中は、そこまで広くないフロアに机と椅子が置かれ、生徒は席に着き、ノートを広げる。教室の奥の壁に黒板があり、その傍らに立つ教師は「はい!黒板に書かれてる事 ちゃんと見て!」と檄を飛ばす。と、言ってもこの部屋を見る限り、教師一人に対して生徒が一人、マンツーマンで教育している。それに対して黒板は要らない気もするが、それよりも仕事として採算は取れているのか?それともこの少女の親から莫大な報酬金を頂いているのか!?そんな考えを巡らせながら、少女に気付かれぬ様にノートを覗き見る。『ポケモントレーナーの目標は各地のジムにいる 強いトレーナー8人集を倒すこと! 更にポケモンリーグ本部には……猛烈に強い! 四天王が君臨している!』なるほど……ここでトレーナーの目的を刷り込まれているのか!「あー!ノート見ちゃだめ!」その叫びに振り向いた少年を少女がガン見していた。「しまった!」っと我に返った少年は、知らず知らずの内に自分がノートをガン見していた事に気付き、白々しい真顔を作るが、もう手遅れだ。授業を邪魔されたことで、今にもチョークを投げてきそうな教師の真顔に対し、真顔で見つめ返した少年は、足早に、教室を去る。外へ出ると少年は、少女のノートに書いてあったジムとやらを探す。中央辺りの開けた場所から周りを見渡すと一際目立つ巨大な建物が目に飛び込んできた。その巨大な建物に、いったいどこの目立ちたがり屋が、これ見よがしに書いたのかと思うほどに大きく書かれたGYMの文字を見た少年は、自然と口を開け、呆気に捕らわれていた。気を取り直し、ジムのすぐ近くまで歩いてきた少年の視界に、段差が現れる。その段差は辺り一帯を仕切り、ジムに来るものを拒む様に、造られた姿に見える少年は、「遠くからは大きく書かれたGYMの文字で誘い、それに誘われて来た者を段差の仕切りによって拒む、なんてクレイジーなんだ…」と、若干苛立ちながら繋がる通路を探し、歩き出す。段差に沿って、しばらく歩いた少年に、遂にジムへと繋がっていそうな通路が現れる。やっとジムに辿り着けるという思いに、少年の歩みは自然と速くなる。「ういーっ!ひっく……待ちやがれ! わしの話を聞け!」傍らから聞こえてきた呼び掛けに歩みが止まる。ジムへの高ぶる気持ちで気付かなかったが、声のした方へと振り向くと通路に横たわる老人が寝そべりながら話し掛けてきていた。よく見ると顔は真っ赤に染まり、しゃっくりをしながら気持ち良さそうな表情を浮かべている。そう、紛れもなく飲んだくれである。昼間っから酔っ払う老人に無駄足を喰らった少年は、フルシカトで立ち去ろうとする。「……こら! 行くな!と言っとろーが!」と、言い放った老人は、酔っ払いとは思えないほど、勢い良く足技を掛けてくる!その傍らで放たれた足技に対し、後方へ勢い良く飛び上がった少年は、間一髪で足技をかわし、地面に着地する。向き直した視界の先で、横たわりながらも、鋭く見つめてくる老人の小さな瞳に、少年は、「なんてクレイジーなんだ…」と、改めて思う。「あらら じいちゃん! こんな所で寝ちゃって しょーがないわね!酔いが醒めるまで待つしかないわ」と、傍らに立ち、老人の介護をするお姉さんは呆れ顔で諦め、言い放つ。「しょーがないじゃなくて、何とかしてくれよ!そこ通れないんですけど…しかも、クレイジー」と、言うことも出来ず、少年は、苦笑いを浮かべる心の奥底に沸々と滾る苛立ちを隠しながらも、ひとまず、その場を後にする。行く当てを無くした少年に、あの言葉が蘇ってくる『便利な道具屋ですから トキワシティで ぜひ寄ってくださいね!…』「いやいや、あんな胡散臭い人物に惑わされてはダメだ」と、思い歩く少年の視界に看板を掲げる店が映る。看板には『フレンドリィショップ』と書かれている。間違いない、あの人物が言っていた店だ。「騙されるな!」そう自分に言い聞かせる気持ちとは逆に、怖いもの見たさに自然と伸びた足先が扉のセンサーに当たり、ドアが自動で開く。ウィーン…ドアが開く音と同時に威勢の良い掛け声が店内に響き渡る「いらっしゃいませっ!」その掛け声は店内を駆け巡り、遂に少年の耳へと届く。その大声に、ハッ!とした少年は我に返り、無意識の内に行われ、作り出されたこの状況を理解する。入るつもりのなかった店内へと目を向けると、レジからこちらをジーッと見つめる店長らしき人物と目が合ってしまう。その人物は入口に立つ少年に、ニカッと笑い、まだ見つめている。もう後戻りは出来ない。覚悟を決めた少年は、額からにじみ出る汗を手の甲で拭うと、得意の苦笑いを浮かべ、店内へとゆっくりと足を踏み入れる。「お!君はマサラタウンから来たんだね?」そう問いかけてくる店長に疑問を感じ、立ち止まる。何故この男は初めてこの店を訪れた自分にマサラタウンから来たのかを確認してくるのか、それとも店へと入ってきた人物一人一人にその事を確認しているのか?その時、少年の脳裏にあの出来事が浮かび上がってきた。いや違う、奴だ!奴に違いない!少年は、トキワシティへ来る途中に出会った胡散臭い人物の事をまた思い出していた。奴が、マサラタウンから来る自分の特徴を携帯電話で店長に連絡していたに違いない、でなければ、ああいう問いを掛けられるはずがない。あの男は、行き場をなくした自分がここを訪れる事まで計算していたのか!『トキワシティで ぜひ寄ってくださいね!』その言葉が少年の脳裏をかすめる。「クソっ!ハメられた!」その思いに、自然と歪んだ表情で向き直した視界の先で、ニカッと笑い、手招きをする店長の姿が目に映り、怪しんでいる事がバレぬ様に一瞬の内に作り笑いを浮かべた少年は、恐れながらもレジの方へと歩みを進める。「オーキド博士を知ってるね?」レジで向き合う店長は、また問いを掛けてくる。「だとしたらなんだ?キサマに答える義理は無い」そんな言葉が少年の頭に浮かび、吐き出されようとした瀬戸際で呑み込まれ、気付くと少年は、首を縦に振っていた。そう、この行動で少年が、オーキド博士に対して何らかの形で知人である事を裏付ける証拠となってしまう。その行動の後で、ハッ!と、その事に気付く少年へ「これ 頼まれてるんだけど 渡してくれるかい!」とフレンドリィにニカッと笑い、後ろの棚から届け物を取り出す店長。「断る。届け物なら運送会社にでも頼むんだな」と、きっぱりと断る事は出来ず、少年は手渡された届け物を受け取ってしまう。面倒ごとを押し付けてきたにも関わらず、送料すらも支払わない事を、当たり前の様な平然とした顔に「送料無料か!」と、心の中でツッコミを入れた少年は、苛立ちを隠し、フレンドリィショップを後にする。まんまとハメられた気持ちの少年は、自然と作り出された、しかめっ面のままマサラタウンへと到着する。研究所の手動ドアを開き、中へと入った少年は、相変わらずイソイソと働く研究員達の姿を目にする。その奥にある自分の研究室から、こちらに気付き、「久しぶり」というような様子で笑顔を見せるオーキド博士に、リュックから出した届け物を携えた少年は、面倒ごとを押し付けられ、少し不機嫌そうな面持ちで、足早に近付いて行く。「おお!サトシ」先に話し掛けたのは、久しぶりの再会を喜ぶ博士だった。「どーだい? わしの やったポケモンは……」博士の問い掛けに、少年はヒトカゲをモンスターボールから出して見せる。「ほう……だいぶ なついた みたいだな?」屈み、ヒトカゲの様子を見ながら頭を撫でる博士は、傍らに立つ少年を見上げ、ニカッと笑う。「お前 ポケモントレーナーの才能があるな!」曇りなき眼で褒め微笑みかけてくる博士に、不機嫌だった少年は、急に恥ずかしくなり、必死に不機嫌顔を作り、平然を装おうするが、褒められた事の嬉しさで表情が少しニヤケ、作り出された違和感のある表情に、首を傾げる博士を目にし、ハッ!とし、我に返った少年は、自分が不機嫌になった原因の、手に握られていた届け物を思い出す。「……え わしに渡す物が?」また首を傾げる博士は、少年から手渡された届け物を開ける。「おお!これは わしが注文してた特性のモンスターボールじゃ どうも ありがとよ!」この言葉を聞き少年は、注文していた事を忘れ、運悪く店を訪れたマサラタウン出身の自分に、貧乏くじが回ってきた事を理解する。「爺さん!」研究所のドアが開かれると同時に聞こえてきた、後ろからの聞き慣れた声に振り向くと、やはりアイツが立っていた。近付いてきたライバルは、少年と目が合うと、相変わらずキザな態度で「なんだ。お前もいたのか」と言わんばかりの呆れた表情を浮かべ、目線を逸らすと博士と向き合う。「すっかり忘れてた!俺に何か用事だって?」その言葉を聞いた少年は、「物忘れは爺さん譲りか」と、心の中で呟く。「おお そうじゃ!お前たちに頼みがあるんじゃ」物忘れが日常となった博士の指差した先の、机の上に何かがある。「机の上にあるのは わしが作ったポケモン図鑑!見つけたポケモンのデータが自動的に書き込まれて ページが増えていくという 大変ハイテクな図鑑なのじゃ!」と自分の発明の偉大さを自慢げに語る。「サトシ シゲル これをお前たちに預ける!」その言葉を聞いた少年は、思わず目を見開く。タダで貸してもらえるハイテクな図鑑、博士の粋な計らいに、苛立っていた少年の心は喜びへと変わり、気付けば自然とニヤケていた。博士から手渡されたポケモン図鑑に少年は、満面の笑みを浮かべる。「この世界の全てのポケモンを記録した完璧な図鑑を作ること! それが わしの夢だった! しかし わしも もう爺! そこまでムリは出来ん!そこでお前たちには わしの代わりに夢を果たしてほしいのじゃ!」自分の夢を熱く語る博士には目もくれず、ハイテク図鑑をいじり出した二人に気付いた博士は、少し呆れた後、コホンと一回咳ばらいをし、二人を注目させる。「さぁ 二人とも さっそく出発してくれい! これはポケモンの歴史に残る偉大な仕事じゃー!」自分の胸の内を伝えきった達成感に酔いしれる博士の一声で壮大な冒険が幕を開ける。「よーし!爺さん!全部俺に任せなー!」と調子のいい孫が、そんなことを言い始める。「やれやれ始まった」と心の中で思った少年が隣に向き直すと、キザにニヤ付き、見下す様に横目で笑うライバルと視線が交わる。「サトシ! 残念だがお前の出番は 全くねーぜ!」その根拠のない証言に「やれやれ」と心の中で平然を装う少年だったが、表情には悔しさが滲み出てしまう。「そうだ!家の姉ちゃんからタウンマップ借りて行こう! サトシには貸さない様に姉ちゃんに言っておくから 俺ん家へ来ても無駄だからな!」と嫌味を言い残すと、キザにピースを投げ、去って行った。相変わらずの憎たらしさに、俄然負けん気が強まる。少年は博士にお礼を言うと、駆け出し、研究所を後にする。博士に思いを託された少年達の、それぞれの旅が始まる。