森を抜け、山岳の麓に位置する灰色の都市。ニビシティへと足を踏み入れた少年は、真っ先にあの施設へと向かう。ウィーン…その音と共に開かれた自動ドアから施設内に入ってきた少年の視界に、トキワシティで見たものと同じ様な光景が目に入ってきた。広々としたフロアにテーブルと椅子が並べられ、休憩を取る人の他、列を成した先、カウンターでポケモンの入ったモンスターボールを預ける人などが見受けられる。そう、ここは年中無休、24時間営業、しかも無料の神施設。言わずと知れたポケモンセンターだ。しかも、内装はトキワシティとほとんど変わらず、他の街でポケモンセンターを知っている人ならどこの街でも使いやすいように同じ様な作りにしてくれている。その心遣いに感動する少年は「おぉ…神よ。」と心の中で祈りを捧げながらも、他の客に割り込まれない様に速やかに列を成すトレーナーの群れの最後尾に付く。奥に見えるカウンターで一人動き回る女医さん。その目まぐるしい程の手さばきにより、全快させられてゆく群れのポケモン達。「次の方、どうぞ」少し前まで列の最後尾にいた少年の番が、あっという間に回ってきた。その言葉を聞き、心の中のニヤケが顔にまで到達してしまったニヤケ顔の少年は、腰に掛けた全てのモンスターボールをむしり取る様に集め、両手で抱え、カウンターへ押し出そうとしたその時だ!「!」振り向いた少年の視界に映る営業スマイルをする女医さん。その顔はトキワシティで見た顔と、全く同じなのだ!そんなはずはないと二度見するが目の前のそれは紛れもなくトキワシティで見た女医さん顔なのだ。突然の出来事に、一瞬で驚き顔になってしまった少年の目の前で女医さんの営業スマイルは続いていた。もしこの人がトキワシティで見た女医さんなら自分より後にトキワの森へ出発し、自分よりも早くこのニビシティへ着き、ポケモンセンターで待ち受けていた事になる。それはあり得たとしても、年中無休、24時間営業で、入れ替わり立ち替わりするトレーナーの群れを全快し尽くす事は出来ないはず。トレーナー側は営業でないとしてもあの場所を離れる事は出来ない!…はず。だとするなら、目の前に立つこの人物は別人なのか…。自分の出した結論に半信半疑の少年が目線を下げると、また新たな事に気が付いてしまう。「!」女医さんの衣服に付けられた名札、そこにはハッキリと『ジョーイ』書かれているのだ!「ば、馬鹿なっ!」あまりの驚きに、その言葉が外に吐き出される直前に右手で口を塞ぎ、飲み込まれるが、一歩後ずさってしまう。両手で抱えていたモンスターボールは片方の支えを失い、フロアに落ち、転がり散ってしまう。しゃがみ込み、ペコペコと後に続いているトレーナーの群れに頭を下げながらモンスターボールを拾い集めている少年は女医さんの名前について考えずにはいられなかった。トキワシティのポケモンセンターを姑息に何度も利用していた少年は、その女医さんの名前をハッキリと覚えている。その名前は『ジョーイ』さんだ!同じ見た目に同じ名前…これはもう偶然ではない…必然なんだ!だとするなら、どこかの国でクローン技術が発達し、生み出された女医さんの『ジョーイ』さん軍団が各街々のポケモンセンターに配置され、働き続けているというのか!?もしくは、どこかの国の整形技術が進み、量産された女医さん顔の人、名前も『ジョーイ』に改名され、各街々のポケモンセンターに配置された元は別人の『ジョーイ』さん達が、働き続けているというのか!?だが、この事実に気付いた輩も少なくはないはず、なぜこの事を口にする事なく皆平然とカウンターへと続く列に並び連なっているんだ!?ねじ曲がった結論へと辿り着いた少年は、ある事に気が付く。「まさか、この神施設を創り上げたカジノ王、もしくは石油王が、この事にも絡んでいて、その秘密に気付き、口にした者に対し、部屋の奥から屈強な男たちが現れ、両腕を掴まれ『はなせ!はなせよっ!』とかいう言葉を吐くも、放して貰えるはずもなく、その場から連行され薄暗い独房に入れられた後、頃合いを見て……って事か!?」と、そんな長文の独り言が吐き出される瀬戸際に、しゃがみながら右手で口を塞いだ少年の言葉は飲み込まれるが、新たな驚きによってバランスを崩し、尻餅をついた少年は、そのまま背中からフロアに倒れ込むが口を押さえた右手だけは放さなかった。その代わり、せっかく集まりかけていたモンスターボールは手から放され、倒れてきた身体に押し出されて更に遠くまで散らばって行った。それを見て拾って来てくれるトレーナーさんもいるが、ほとんどの群れ成すトレーナー達は、見て見ぬふりをしたり倒れながら片手で口を塞ぐ少年の姿を不思議そうに見下ろしている。やっとの事で飲み込まれた独り言のおかげで、ようやく右手を放す事ができた少年は立ち上がり、ボールを拾って来てくれたトレーナーさん方に頭を下げ、それを受け取ると残りのボールを集め、列の最後尾に並び直す。「次の方、どうぞ」再び呼ばれた少年は、先程考えていた、ねじ曲がった思考が悟られぬ様、作り笑いを浮かべ、視界に映る女医さんと対面するが身体に悪い汗が噴き出してくる。「どうかされましたか?」その考えに勘付いたかの様にも受け取れる営業スマイルの女医さんの言葉に、一瞬驚き顔になりそうになる顔を無理やり作り笑いに戻そうと頑張る表情は歪み、余計に違和感のある表情を作り上げた少年は、首を横に振り【いいえ】を伝える。その表情を見て笑顔で首を傾げる女医さんに、手渡そうとされたモンスターボールをいっぱいに抱える両手は震えている。その訳の分からない様子に苦笑いを浮かべる女医さんはモンスターボールを預かると「お預かりしたポケモンの体力を回復している間、フロア内で休まれては、いかがですか?」と言われてしまう。少年の違和感のある様子は、どうやら女医さんには疲れている様に見えてしまったらしい。違う意味では疲れてしまった少年は、お言葉に甘えて休憩を取るため、無料のドリンクバーで【おいしいみず】を注ぎ、近くにあった少し硬めで横に長いソファーの端に座る。さっきの様な考えは止めよう…。もしそれが原因で裏組織から狙われる様な事にでもなれば、この世界で生きていく事は出来ない…。と、有り得ない結論に達してしまった自分の考えを忘れようとする少年だが、忘れようとすると余計に気になってしまう。「忘れるんだ!そうだ、忘れるんだ!もう考えてはダメだ!」そう自分に言い聞かせる少年の身体は小刻みに震える。「ほぁーひゃ……!」いきなり傍らから聞こえてきた奇声にビクつき、声のした方に振り向く。その奇声は、少年の隣、同じソファーに座る少年から発せられた物だった。「プリンの歌声を聴くと……大抵のポケモンは眠くなる……そして僕も……ぐー……」と、勝手に話し終わると、いびきをかきながら眠り始めた。「何だったんだ?」そんな疑問を植え付け、眠り始めた少年の奥に見えるピンク色のポケモンに気が付く。よく見るとそれは〔ふうせんポケモン〕のプリンだった。そして、少年の座るソファーから奥に見え立つプリンは歌を歌っているようだ。ポケモンの技【うたう】は命中率は低いが当たった相手を眠らせる効果がある。プリンはその【うたう】が得意なことでも知られている。少年の位置からでも、その歌声が微かに聴こえてくる。隣で眠る少年は、奇声を発し、眠りから覚めるが、奥のフロアから聴こえてくる歌声により、また眠りにつかされたという事なのだろう。よく見てみるとプリンの歌う近くのテーブルやソファーでは眠っている客が大勢いる。だとすれば奴らは眠りから覚めても、プリンが歌っていればまた眠りにつかされ永遠にこのフロアから脱出する事は出来ない!そして、ここで一生を終える!その現状に気付いたとしても、この無限に続く負のループから逃れる事は出来ない!それが、形となって奥の部屋から続いて来ているというのか!?「危険だ!危険過ぎるっ!」ズレた思考が重なり、答えを導き出した少年は、目を見開き、紙コップに注がれた【おいしいみず】を一気に飲み干すと、立ち上がり、歌声の届かないフロアへと速やかに移動する。「なに!?」いきなり発せられたフロア内に響き渡る程の大声に、声のした方に振り向くと、そこには頭にハット、服装は上下ともスーツで身を包み、色は黒で統一されたジェントルマン風の男がフロアの隅に置かれた観葉植物の近くに立ち、携帯電話で連絡を取っている。関わってはいけない気もするが、どうにも気になってしまい少し離れた所から聞き耳を立てる。「ロケット団がオツキミ山で……」聞こえてきた話し声、ロケット団とは、今世間を騒がせている悪党集団で、ポケモンを使って金品を強奪したり、街で暴動を起こしたりと、やりたい放題の連中で、度々ニュースにもなっている厄介な集団だ。今の会話だと、どうやらオツキミ山にまで奴らが現れたという事のようだ。タウンマップによるとオツキミ山はニビシティから東に伸びる通路、3番道路を進んだ先にあるようだ。「……ん?」その何かに気付いた様な口調を聞き、疑問に思った少年が顔を上げると、そこには携帯電話で会話するジェントルマンの姿が目の前にあった。しまった!考え込んでいる間に、こちらに気付き移動してきたのか!だが、少年は気付く、周りを見渡したもジェントルマンは初期位置から移動していないという事に!「まさかっ!」そう、移動したのは少年の方だった。少年は全てを理解する、少し離れた所から聞き耳を立てていた少年だが、考え込んでいる知らず知らずの内に話し声の方へ近付いて行き、今その人物の目の前にまで移動してきたという事に!そして、目の前の怒り顔は少年を見下ろし、そこから見開かれた二つの瞳は逸らす事なく真っ直ぐ少年に向けられている。その熱い視線に今にも焼かれてしまいそうな感覚の少年は、思わず愛想笑いを繰り出すがジェントルマンには通用しない。ほんの数秒間の静寂が少年には無限に続くかのように思われた刹那、ジェントルマンの口元が動き出す。「電話をしているんだ!」その吐き出された言葉に対し、少年は「そんな事は見れば分かる」などと失礼な事を言う事は出来ない!吐き出られそうになった言葉を寸前で呑み込むと、また目の前の紳士に向き合うが表情一つ変わっていない。だとするなら、先程の言葉から何かを感じ取れというメッセージなのか?真っ直ぐに向けられた視線に少年の額から汗が滲み出る。だが、いくら考えても「そんな事は見れば分かる」という失礼なツッコミしか思い浮かばない。だがもし、この返答が間違っていたなら、激高したコイツが、どういう行動をとるか分からない、非常に危険な賭けだ。黙ってやり過ごす手もあるが、また始まった静寂に、額から流れ出た汗が頬を伝ってこぼれ落ちてくる。もうこれ以上の沈黙は耐えられない!これはもう言うしかないと覚悟を決めた少年は、この失礼な言葉をぶつけようと口を開こうとした刹那、ジェントルマンの口元が動き出す。「邪魔しないでくれ!」強めの口調で吐き出された言葉に少年は全てを理解する。電話をしているから邪魔せず向こうへ行ってくれ、これが言いたかったのだと。また吐き出されそうになった失礼なツッコミを吞み込み、愛想笑いで頷く、ある意味命拾いをした少年は、回れ右して歩き出したその時「待ちたまえっ!」その呼び声は紛れもなくジェントルマンの物だった。今、視界から消えたジェントルマンに振り向き、再び向き合う事となった少年にこの質問が投げられる。「君、今の話し…どこまで聞いていた?」その言葉が耳に届いた少年の表情は一気に青ざめる。それは少年にとって一番されたくない質問だった。もしあの会話の内容が国家機密だとすれば、一般人に知られてはならない、ジェントルマンからすれば、目の前に立って、聞き耳を立てていた少年が、あの会話を聞いていない方が不自然だ。ゆっくりとジェントルマンに視線を合わせる少年に向けられた真剣な眼差しは、先程の怒りとは別の鋭さを持ち、見るものを見透かすような眼は、少年の心の全てを覗き見る様に静かに、瞳の奥に炎を灯す。まるで10年は修羅場を潜り抜けてきた様な貫録を、表情一つ変えずに見つめてくる二つの瞳から感じる。コイツに小細工は一切通用しない!思わず息を呑む、今年で10歳になる少年は、また始まった静寂の中、答えを探す。やはり本当の事を言うべきか、だが国家機密を知ってしまった一般人をこのまま生かしておくだろうか?いや、答えは限りなくNOだろう。本当の事を話し終えた瞬間、片腕を掴まれ『はなせ!はなせよっ!』と、抵抗したところで子供の力では、どうすることもできず、されるがまま、連れて行かれた人気の少ない薄暗い山奥で『お前には、ここで消えてもらう』そのセリフの後、少年の消息は途絶える。もしくは、本当の事を話し終えた瞬間、片腕を掴まれ『はなせ!はなせよっ!』と、抵抗したところで子供の力では、どうすることもできず、されるがまま、連れて行かれた先、他と一切連絡の取る事の許されない隔離された施設に収監され、山の頂上まで何かの城を創るため、大きな石を背負わされ、その麓から連なる、人の列に入り、往復させられ、途中で倒れた者には、鞭を持ったおじさんが来て『働け!働けっ!』と、鞭でピチピチッ!されてしまい、年中無休で一生奴隷として働かされるという事か!ということは、どちらにせよ自由は約束されないという事か!考えを巡らせた結果、極端な二つの結論へと辿り着いた少年の出した答えは…だんまりだ!そう決意した少年は目を見開き、紳士の瞳に真剣に向き合う。だが、紳士の瞳から放たれる閃光の様な視線は少年の純粋な心を貫き、言わずとも真実を探り当てるかの様な圧迫感を少年に与える!その圧迫感に押しつぶされそうになりながら、息も絶え絶え、立っているがやっとの少年。「く、苦しい…これが大人の力か!何という禍々しいオーラだ!まるで、ファミコンゲームのラスボスに力無き村人が、手のひらで遊ばされているかのようだ!」そんな風に考え、苦しむ少年だが、客観的に見れば、少年と紳士が、ただ見つめ合っているだけだ。「クソっ!まだ目を逸らさないのか!?どういう神経しているんだ!?……もう限界だ!」膝も笑い出し、少年の意識がもうろうとし出した、その刹那!トゥルルルルッ…トゥルルルルッ…いきなり鳴り出した電子音にジェントルマンの注意が逸れる。その正体はジェントルマンの持つ携帯電話の着信音だった。少年と会話する為、電話を切った相手からかかってきたのだろう。手に取った携帯電話の画面を確認すると、それを手に、何も言わずに施設の出入口、ポケモンセンターから足早に出ていった。どうやら余程の急用だったのだろう。「……助かった。」膝から崩れ落ちる少年は、しばらくその場から動く事が出来なかった。恐怖から解放され、フロアに女の子座りで呆然とする少年を見て、指を差しながらクスクスと笑う者もいるが、少年は、恥ずかしさよりも今、無事に生きていることに感動していた。「おぉ…神よ。」と心の中で祈りを捧げながら、ゆっくりと立ち上がると、カウンターに向かって歩き出した。「お待ちどうさまでした!お預かりしたポケモンは みんな元気になりましたよ!またのご利用を お待ちしてます!」女医さんから固定文の様なセリフと元気になったポケモンを受け取り、軽くお辞儀をした少年は施設の出入口、自動ドアへと差し掛かったその時、ふとある事に気付いてしまう。それは、先程のジェントルマンの事だ。さっき奴はここから出て行ったが、本当に近くにはもういないのか?もしかしたら自分が出て来るのを外で待っていて「やっと出て来たなボウズ!こっち来いっ!」と、片腕を掴まれ『はなせ!はなせよっ!』と……以下省略。という可能性は無いか!?いや、ある!あり得る!自動ドアの際に立ち、慎重に外の様子を覗う少年。センサーに当たる片足で、ウィーン…ウィーン…ウィーン…何度も開け閉めする自動ドア。どうやら、ここから見える範囲に奴はいないようだ、これ以上は外に出て確認するしかない。施設の中に居れば安全は約束されるが、いつまでもここに居ても仕方がない。覚悟を決めた少年は、額から滲み出る汗を手の甲で拭うと、先程から開け閉めされ続けている出入口の自動ドアに足を伸ばす、「慌てるな!ゆっくりだ。そうだ、その調子だ!」と自分に言い聞かせ、周りを見開かれた眼で確認しながら外に向かってゆっくりと進んで行く。その不審な後ろ姿を見た女医さんや他の客人は「クレイジーボーイ」などというあだ名が頭の中で浮かんでくるが少年は、それを知る由もない。ようやく外に出る事のできた少年は、周りを隈なく見渡すが、それらしき人物はどこにも見当たらない。安心し、顔の緊張が解ける少年。恐らく奴はオツキミ山に向かったのだろう。前にも確認した通り、タウンマップによればニビシティから伸びる東の通路、3番道路を進んだ先にオツキミ山が示されている。関わらない方がいいと分かっていながらも気になってしまう少年は、オツキミ山へ行く為、3番道路に向かい歩き出す。「ニビシティは虫取りの少年みたいに、ただの趣味でポケモンやってる奴ばかり!」突然聞こえてきた話し声に振り向くと、そこには少年と同い年くらいの少年が生き生きとした笑顔で話し掛けてきている。周りを見渡しても近くに人はいない。どうやら少年に話し掛けてきているようだ。「キサマの様な小僧とお喋りしている暇はない」と思う、オツキミ山に向かおうとしている小僧は、独り言のようにも聞こえる喋りかけを無視し、無表情で歩き出す。「ちょっ!待てよっ!」掴まれた片腕をグイッと引っ張られ、また同い年くらいの少年と向き合ってしまう。「しかし、ニビポケモンジムのタケシは違うぜ」そんな決めゼリフを言うような口調で親指を立て、決めポーズまで見せつけてくる、その後は語りかけてくる様子はなく、ニコニコした笑顔でこちらを見てくる。どうやらコイツの話しは終わったようだ。「……いやいや、タケシが違う理由は?」そんな少年に対し、心の中でツッコミを入れる少年だが、こんな所で油を売っている暇はない。タケシ自慢の少年の隙を見て、逃げる様に駆け出す少年。「って、待てよっ!」それに気付いて後を追い、駆け出してくるタケシ自慢の少年だが、全力で逃げる少年の姿は、徐々に小さくなってゆく。タケシ自慢の少年を撒いた少年は、進路に見えてきた違和感のある看板に気付く、近くまで行くとその正体が姿を現す。看板の上、その表面にセロテープでチラシが貼り付けられているのだ。遠くから見た時の違和感はこれが原因だった。だが、安物そうなセロテープで貼られているにもかかわらず、剥がれそうな所はなく、しっかりと貼り付けられている。どうやら最近付けられた物らしい。そして、このチラシ、雨水対策は、ほぼ無しだ。「最近オツキミ山で貴重なポケモンの化石を盗みまくる悪党がいます!怪しい人を見たら……! ……ニビ警察まで」そう書かれたチラシの内容は先程のジェントルマンが会話していた内容と似ている。この二つの情報から勝手に解釈すると、最近オツキミ山でロケット団が貴重なポケモンの化石を盗みまくっている、という事になる。「……てか、ニビ警察て、どこ?」そんな疑問を抱く、準怪しい人の少年は、自分の中で用済みになった雨水対策が、ほぼされていないチラシを見つめ、こう思う。「雨の後、ぐちゃぐちゃになったこのチラシを見に来よう。」その思いが、知らず知らずの内に表情に浮き出て口元がニヤケた性格のねじ曲がった少年は、オツキミ山を目指し、また歩き出す。ニビシティの東、山岳地帯へと伸びる高低差にある道路、3番道路の入り口へと辿り着いた少年に、山からの清々しい風が吹き抜けてゆく。晴れ晴れとした空に深呼吸し、汚れた心が浄化されるような思いに、少年は歩き出す。「お前……! ポケモントレーナーだろ?」と、急に聞こえてきた掛け声に足止めを喰らい、振り向くと傍らに立つ少年が、ニヤケながら何やら話し掛けてきていた。高低差のある大自然に酔いしれるあまり、傍らに立つ少年に全く気が付かなかった。というか、せっかくの清々しい気分が台無しだ。「お前のせいで、せっかくのピクニックが台無しじゃねぇか!」ピクニックをする予定は無かった。そんな思いに不機嫌な表情を見せる少年の目の前で今もなお、ニヤケ顔の少年。「タケシが相手を探してる。」新たに投げかけられた言葉が少年の脳裏に引っ掛かる「タケシ?……誰だっけ?」そんな事を考える少年の頭の中に、あの少年が浮かび上がってくる。『しかし、ニビポケモンジムのタケシは違うぜ』そうだ!ニビジムのタケシだ!その答えに辿り着いた矢先、少年の方へ勢い良く伸びてきた腕。「……こっちに来い!」グイッと掴んだ片腕を引っ張ってどこかへ連れて行こうとする少年。こちらの返答も聞かず、無理矢理片腕を引っ張って行く後ろ姿に「なんて強引な奴だ!」と思いながらついて行く少年の視界にトキワシティで見た時と同じ様な巨大建造物、やはり外側の壁には、でかでかとGYMの文字が書かれ、「凄いだろ!」と言わんばかりの目立ちたがり屋を押し付けてくる。そんな事を考えている内に入り口まで連れて来られた少年に「勝てる自信があるならタケシと戦ってみなよ!」と鼻先で笑う強引少年はニヤケ顔を見せつけてくる。だが、そもそもタケシと戦いたいとは一言も言っていない。そんな事を考えている内に、用が済んだからなのか、強引少年の足早に去って行く後ろ姿は街外れに消えて行った。強引な少年の自分勝手な行動から連れて来られ、今ここに立っている訳だが、タケシと戦うかは本人の自由だ。それに今はオツキミ山の事件が気になる。…というかオツキミ山に行きたいんだ!その願望を抱く少年は、GYMを後にし、また3番道路に向かって歩き出す。そして、3番道路の入り口まで来て、またあの姿を目撃してしまう。そう、道脇に立つ、さっき見たばかりのあの強引少年だ。恐らく奴はここで、3番道路を進もうとするポケモントレーナーに声を掛け、さっき自分がされた様な事を繰り返しているのだ。しかも道幅も、そこまで広くない場所を選び、その範囲の道行く全ての者が見渡せる位置から監視している。もしも足を踏み入れようものなら、奴の完全なる天然の要塞、パーフェクト フォートレスにより全て排除されてしまう。何てクレイジーなんだ!クレイジー過ぎる!と心の中で嘆く少年は、ここで奴の欠点に気付いてしまう。「そうか!その手があった!」少年の思惑はこうだ。ここを通ろうとする別のポケモントレーナーが現れ、奴のパーフェクト フォートレスにより、連行されている間に速やかに、この場所を通り過ぎてしまうというものだ。いける!いけるぞ!そう確信した少年は少し離れた位置から奴の様子を窺いながら別のポケモントレーナーが来るのを待つ事にする。だが、待てど暮らせど、そんな奴は一向に現れない。『ニビシティは虫取りの少年みたいに、ただの趣味でポケモンやってる奴ばかり!』そんなタケシ自慢の少年のセリフが頭に浮かんで消えていく。そんな事を考えていても、ただ無駄に時間が過ぎていくだけだ。「こんな事をしていても埒が明かない」そう思い立った少年は、苦悩の果て、奥の手を使う事にする。できればこの手は使いたくなかった……。そんな諸刃の剣をほのめかす様な少年の決断と共に、遂にその身体が動き出す。3番道路手前、奴が立つ位置とは反対側の道の隅、これ以上進めば奴のパーフェクト フォートレスの餌食だ。思わず息を吞む少年の額から汗が噴き出てくる。覚悟を決めた少年の慎重に、だが大きく跨がれた3番道路への一歩目の足が地面に着く。「お前……! ポケモントレーナーだろ?」反対側に立つ強引少年からくる事の分かっていた問いに食い気味で「違います。」と答えた少年に「噓つけ!お前さっきの奴だろ!」と返されてしまうが、地面を強く蹴り、もうその瞬間には走り出していた少年に「ちょっ!おいっ!待てよっ!」と言い放ち、それを追い、走り出す強引少年へ「待てと言われて待つ馬鹿がどこにいる」と心の中でツッコミを入れながらも大きく交互に振られた両手の先を尖らせ、地面を力強く蹴り上げて行く足は遂に少年の全速力へと達する。やった!遂にやったぞ!あの野郎を遂に撒いてやったんだっ!逃げるが勝ちとはこの事だ!そう思い、優越感に浸りながら駆け抜けていく少年は隣からくる雲の影に目を向ける。「っ!!」その時少年を、声にもならない衝撃、更に恐怖と驚きが同時に押し寄せてきた!なぜなら、その雲の影だと思ったものは、あの強引少年だったのだ!しかも、ペースを合わせ、並走し、涼しい顔でこちらを見てくる。いや、ニヤケ顔だ。「全速力だぞ!こっち、全速力だぞっ!」そう思い、必死の形相で走る少年だったが、遂に心の中、少年の頑張りの糸が切れてしまう。息も絶え絶え、地面に這いつくばる少年に、息も切らさず、ニヤケ顔で見下ろしてくる強引少年「タケシが相手を探してる。……こっちに来い!」前にも聞いた、このセリフが耳に届いた時には、片腕を引っ張られ連行されていた。もはや恐怖でしかない。気が付くと少年は、またGYM前に立ち尽くしていた。そして、少年は事の重大さに気付いてしまう。3番道路、オツキミ山を目指す者は、篩に掛けられる。資格無きものは入り口に放たれた刺客、強引少年に行く手を阻まれる。『勝てる自信があるならタケシと戦ってみなよ!』と言われ、戦うのは自由という様にもとれるが、3番道路へ進もうとすると、また奴の手に掛かってしまう。言い換えてみればタケシに勝てない奴はこれ以上先に進む資格はないと言っているようなものだ。そんな刺客まで放ってしまうほどタケシって奴はバトルがしたいのか。よっぽど暇なんだな。とも考えられるが、問題はもっと根深い物とも考えられる。前に訪れた事のあるポケモンスクール的な場所、女の子が書いていたノート、そこに書かれていた『ポケモントレーナーの目標は各地のジムにいる 強いトレーナー8人集を倒すこと!』この刷り込みによって旅立った者達は、かならずポケモンジムを訪れなくてはならないと洗脳教育されているのではないか?そして、ジムリーダー、いや、四天王、チャンピオンよりも上、全ての頂点に立つ存在、表メディアでは明かされない、裏の存在が、経済の動きを全て操り、独裁国家を創り上げ、そいつが洗脳教育を成し遂げようとしているという事ではないのか!?キサマ!そんな事をして、一体何が目的なんだ!思い馳せ、存在するかも分からない架空の人物に辿り着き、そんな根拠も無い、ねじ曲がった思考に苦悩する少年を覆い隠す様に聳え立つ巨大建造物のGYMの字は大きかった。
【初代ポケモン・赤】中二病ポケモンマスターへの道 ブログ小説⑦
深々と生い茂る木々、薄暗い視界の先に広がる森の出口を目指し進む少年は、近くに見えてきた看板に気が付いた。地面に刺さる木製の杭、ちょうど目線の高さに長方形の板を打ち付けた、いかにも手作りの看板には手書きで「毒を喰らったら【どくけし】! フレンドリィショップで!」と書かれていた。恐らくあの店長と胡散臭い定員が、経費を極限まで抑え、店を宣伝する為に考えた物が形となり実現した物が、この看板なのだろう。だが、見たところ苔が生え、木製の看板は朽ちかけている。恐らく設置してから何年も経っているのだろう。朽ち果てるのも時間の問題だ。「経費をケチったのが裏目に出たな」と奴らの顔を思い浮かべ、ニヤケながらも、後先考えずに、ほぼ全額【モンスターボール】を買うために小遣いを使い、【どくけし】を買う金がなくなってしまい、芋虫達の【どくばり】に苦しめられている現状を思い出し、少年のニヤケ顔は、すぐに歪み顔へと変わり、また歩き始める。深い茂みを避け、あまり草木の生い茂っていない道を進む少年は、少し開けた場所へと辿り着く。その場所は、あまり木々が生い茂っておらず、見上げると空から太陽の光が降り注いでいた。分かりやすく言うと森に出来た10円ハゲのような感覚だ。心地良い気分で辺りを見渡すと向こうから、こちらに向かって歩いてくる人物がいる。麦わら帽子にタンクトップ、短パン、サンダル、左手には虫取り網、右手には虫かごを持ち、不敵な笑みを浮かべながら、その歩みは止まらない。面倒くさい予感しかしない。「よーしッ!君はポケモン持ってるな?」近くで見ると更に際立つ『森に虫取りに来た』という思いを全身で他人に伝えようとする少年の口元は常にニヤケ、自分の捕まえた虫達を今にも自慢してきそうな勢いだ。だが、これだけ生い茂った森にタンクトップ、短パン、サンダルで来るのは自殺行為だ。毒虫に刺されると一発でアウトだ。「おいッ!聞いてるのか!?」そんな事を考えていた為、虫取りの少年から新たな問いかけが耳に届いた。向き合うとその表情は不敵な笑みから、若干の苛立ち顔に変わっていた。確か「君はポケモン持っているな?」とか聞いてきていたな、「その問いに答える義理は無い。今すぐ立ち去れ」などという失礼な事を言う事は出来ず、首を横に振り【いいえ】を伝えるが、噓を付いた焦りで汗が噴き出してきた。その姿を見て怪しんだ虫取りの少年が声を上げ、指を差す「あーーッ!」その声に「何だ?急に」と指を差された所に目を向ける「ッ!」指が指し示す先にあったのは少年の腰に掛けられたモンスターボールだ。「しまった!」噓を付いたまではいいが、ポケモンの入ったモンスターボールをいつも腰に掛けて持ち歩いている事まで、少年は気が回らなかった。正面に立つ虫取りの少年からすれば見える位置にあるモンスターボールをぶら下げながら、堂々と噓を付いた変な奴ということになる。再びニヤついた正面の口からセリフがこぼれ出る「勝負しようぜ!」そう言い放った虫取りの少年は虫カゴに入ったモンスターボールをいそいそと取り出し構える。そもそもその虫カゴ、使い方を間違っているのではないか?という疑問より「バレてしまってはしょうがない…キサマにはここで消えてもらうっ!」とかいうアニメの悪役的なセリフを思い浮かべている内に少年の足元に何かが忍び寄って来ていた。よく見るとそれは、身体の鮮やかな緑色が特徴的な芋虫ポケモン、この地域では数の少ないキャタピーだ。「いつの間に!?」正面のニヤケ顔に視線を戻すと、まだニヤケている。どうやら少年が余計な事を考えている内に虫取りの少年はキャタピーを繰り出してきたようだ。そして「これがここで捕まえた自慢のキャタピーだ!どうだ!凄いだろ!」と、その不敵な笑みから伝わってくるようだ。その表情に対し、無表情で答える。「ゆけっ!ヒトカゲ!」少年の掴み、構えたモンスターボールから勢い良くポケモンが飛び出してきた!経験を積んだヒトカゲは、この森で更に成長していた。その姿を見たニヤケ顔は、驚きと焦りに表情が一気に曇る。「た、たいあたりだっ!!」焦る気持ちがこちらにも手に取るように分かる指示を聞いたキャタピーがヒトカゲに向かい真っ直ぐに突っ込んでくる!「ひのこ!」その指示を聞き、動き出したヒトカゲは、先に動き出したキャタピーの【たいあたり】が当たるよりも早く【ひのこ】を吐き出す!突っ込んでくるキャタピーは、勢い良く【ひのこ】にぶつかり、炎に包まれながら、その衝撃で地面を転がる。「キャタピーっ!」目を回し倒れるキャタピーをモンスターボールに戻し、立ち上がった虫取りの少年は「負けたぁ!キャタピーなんかじゃダメか」と、負け惜しみを言うニヤケ顔は、負けた悔しさと入り乱れ、いびつな表情を作り出していた。ヒトカゲの【ひのこ】で呆気なく終わった勝負に少年は少し気の毒に感じ、声を掛けようとするが「しッ……!虫が逃げるから またな!」と、さっきまでの出来事がなかったかのように真剣な眼差しで、次の獲物を狙いながら遠回しに、話しを遮り、あっちへ行けと言ってくる横顔に、もうこちらの姿は映らない。あまりの素っ気なさに少し苛立つ少年は「わざと音を立て、その虫を逃がしてやろうか?」とも考えるが、それは流石に幼稚過ぎる嫌がらせと気付き、諦める。サンダルを力強く踏みながら、ゆっくりと音を立てないように進んで行く、中腰の姿を背に、少年は森の奥へと進んで行く。また薄暗い森の中を進む少年は、生い茂った木々が並木道のように生える場所へと差し掛かる。上を見上げると木漏れ日が差し込め、重なり合う木々は大きなトンネルを作り上げている。自然の作り出したトンネルを進む少年に「おーいッ!」と誰かの呼び声が聞こえてきた。振り向くと薄暗い中、木漏れ日を浴びながら手を上げ、足早に近付いてくる人物がいる。その距離は徐々に縮まっていき、遂にその姿を現す。それは、麦わら帽子にタンクトップ、短パン、サンダル、左手には虫取り網、右手には虫かごを持ち、不敵な笑みを浮かべている。まさに、さっき見たソレだ。どうやらこの付近には、こんな格好の奴らが多いようだ。自分ならこんな無防備な格好で虫取りには行かない。目の前のソレ、全身から滲み出ている虫取りオーラと不敵な笑みから感じ取れる事は、ただ一つ。面倒くさいという事だ。「ポケモントレーナーなら勝負は断れないぜ!」そんなセリフを吐いているが、そもそもこちらがポケモントレーナーであるなど一言も言っていない。逆に言えば、ポケモントレーナーでなければ勝負は断れるという事か。「何っ!?ポケモントレーナーじゃないっ!?」首を縦に振り、しぐさで【はい】を示す噓つき少年は、虫取りの少年の立つ位置から腰に掛けたモンスターボールが見えない様に若干斜めに立ち、腕で覆う様にボールを隠す。その違和感のある表情と不自然な立ち方に、疑いの眼差しを向ける虫取りの少年は、何かを覆い隠す様に腰に当てられた腕に気付き、回り見ようと動き出す。その動きに合わせ、ボールが常に見えない位置になるように回り動く少年。「お前っ!いい加減にしろっ!」少年はボールを覆い隠していた腕を掴まれる。「あーーっ!」体勢を崩した少年の腰にぶら下がるモンスターボールを見た虫取りの少年は声を上げる。嘘を付かれた若干の苛立ちから不敵な笑みへと戻った表情の少年は虫カゴから出したモンスターボールを構える。ポケモントレーナーとバレた以上、勝負は断れない。この世界はそういうルール…らしい。口元が一瞬更にニヤケ、モンスターボールからあのポケモンが飛び出してきた!それは、この森に入ってから散々苦しめられてきた頭と尻尾の先に毒針を持つ毛虫ポケモンのビードルだ。それを見た少年は腰に掛けたモンスターボールを掴み取り、決めゼリフと共に、あのポケモンを繰り出す!「ゆけっ!ヒトカゲ!」繰り出された両者のポケモンが睨み合う。ビードルの傍らに立つ少年の表情は、不敵な笑みから今度は焦りへと変わっていた。表情の変化の忙しい奴だ。だが、そうなってしまう理由も分かる。なぜなら【むし】タイプのビードルにとって【ほのお】タイプのヒトカゲは弱点だからだ。【ほのお】タイプの技に当たってしまうと大ダメージを受けてしまう。そんな事を考えている事が、その表情から手に取る様に分かってしまう。そんな表情を見ている少年の表情は、自然と不敵な笑みを浮かべてしまう。「茂みに身を隠せ!」先に動いたのは虫取りの少年の掛け声を聞きいたビードルだった。ビードルは自分の身長、少年達の腰の高さまで伸びる茂みに身を隠す。だが、その茂みは虫取りの少年の後方に少し生えているだけ、攻撃してくるとするならその茂みから飛び出すしか方法は無い。少年の静かな目線の合図を見て、ヒトカゲが小さく頷き、ビードルの隠れた小さな茂みに狙いを定める。静寂の後、また不敵な笑みに戻る口元が遂に動き出す!「今だ!どくばり!」茂みを見詰める少年とヒトカゲの背後からソレは飛び出してきた!「何っ!?背後からだとっ!?」その物音に気付き、予想していた方向とは真逆の方向から飛び出してくるビードルの姿を横目で確認した少年はヒトカゲに指示を出す!「かわせっ!」だが、その掛け声を発するよりも飛び出してきたビードルの【どくばり】の方が速く、ヒトカゲの背後の襲い掛かる!正面でニヤつく口元を前にヒトカゲは少年の指示よりも早く、身を翻す!その傍らをすれすれで飛び抜けていくビードルは、そのまま地面に生える草むらに吸い込まれる様に身を隠す。ヒトカゲは前方にある茂みを警戒しながら背後からの物音に気付き、身を翻す事で間一髪【どくばり】を回避する事が出来たようだ。目の前の茂み、目先にばら撒かれたエサにばかり気を取られていた自分が恥ずかしい。「今の攻撃、よくかわしたな!次はそうはいかないぞ!」そんな言葉を投げかける虫取りの少年の顔は、真剣な表情へと変わっていた。次は本気で仕掛けてくる!少年の額から汗が滲み出る。また始まった静寂の中で少年は考えを巡らせる。最初に茂みに身を隠れさせたのはそこに注意を引き付ける為の罠だった。ビードルは這って移動する為周りを覆いつくす膝ぐらいまで伸びた草木なら少年とヒトカゲの視界に入る事なく移動できる。つまり、ビードルにとって、この近辺全体が身を隠せる天然の隠れ場というわけだ。更に地面を這う音は生い茂る森の葉音でかき消され、攻撃を仕掛けてくる位置が掴めない。恐らくさっきの様な連携は這って移動し、背後に回り込んだビードルが草むらから顔を出し、それを見た虫取りの少年が指示を出したという事なのだろう。「…どうする!?」こうしている間にも、焦る少年のヒトカゲに魔の手は忍び寄って来ている。「!」少年はここである事に気付く。少年の目線の合図を見て、ヒトカゲは静かにしゃがみ、体勢を整える。その行動を見て、あざ笑う口元が喋り出す「ハハハ!それで隠れたつもりか?それともお手上げって事なのかな?アーハッハッハッ!」高笑う口元がニヤ付き、指示を出す。「今だっ!どくばりっ!」草むらから勢い良く飛び出したビードルが視界の外からヒトカゲに向かって襲い掛かってくる。この時を待っていた!静かに佇む少年が声を荒げる!「今だっ!飛び上がれっ!」その指示を聞いたヒトカゲはしゃがんだ体勢から一気に地面を蹴り、その反動をバネにし、身体を大きく跳ね上がる!それを見て口を大きく開き驚く虫取りの少年、そして勢い良く飛んだビードルが元居たヒトカゲの位置へと到達しようとする姿をヒトカゲは空中から視界に捕らえる。「ひのこだっ!」ヒトカゲの視界と重なり合う様な絶妙なタイミングでの地上からの指示に大きくのけ反った身体の口先から火球が顔を出す!【ひのこ】は間もなく真下に到達しようと飛ぶビードルの位置を予測し空中から放たれる!「か、かわせっ!」その指示を聞いたビードルだが、勢いを付け、飛んだビードルに、その方向を変える事はできない。吐き出された【ひのこ】がビードルの身体に直撃する!真下でぶつかった【ひのこ】の風圧を利用し、綺麗に着地したヒトカゲの傍らで、転がり目を回し、倒れるビードル。「ビードルっ!」慌てて駆け寄ってきた虫取りの少年は無事を確認しボールに戻す。立ち上がり睨みを利かす虫取りの少年はカゴの中から新たなモンスターボールを取り出し構え、そのまま繰り出してきた!中から現れたのは全身を硬い殻で覆った、さなぎポケモンのコクーンだった。再びニヤ付く口元が動き出す。「かたくなるだ!」虫取りの少年からの掛け声でコクーンの身にまとう殻は、更に硬くなっていく。だが、【かたくなる】で上がるのは防御だけだ。特殊技の【ひのこ】には全く関係がない。「どうやら、お勉強不足だったようだな!ポケモンスクール的な場所から出直してきな!」そんな勝ち誇った気になった少年の口元がニヤ付き、指示を出す。「ひのこ!」その掛け声を聞いたヒトカゲが身体をのけ反らせ、口先から【ひのこ】を吐き出す!放たれた【ひのこ】は、コクーンへと真っ直ぐに飛んで行く。「かわせっ!」叫ぶ虫取りの少年だが、元々あまり身動きの取れないコクーンからすると回避する事は難しい。激しい音を立て、コクーンの硬い殻にぶち当たった効果抜群の【ひのこ】は体力を一気に奪い、その一撃によりコクーンは目を回し地面に倒れる。その姿を見て、駆け寄ってきた虫取りの少年はコクーンをボールに戻すと、睨みを利かせながらカゴに中をかき回す。が、その中に戦えるポケモンはもういない「あれ?もうポケモンがないや」そんなセリフを言い、頭を掻きながら近付いてきた虫取りの少年から賞金70円を貰う。その時だった!「……おや!?ヒトカゲの様子が……!」傍らに立つヒトカゲの身体を光が包み込んでいく!今まで見た事のない現象に驚き、ただ立ち尽くす事しかできない少年の目の前でみるみるうちにヒトカゲは形を変えていき、ヒトカゲを包む光も徐々になくなっていく。そして現れた新しい姿へと成長したヒトカゲは鋭い爪と牙を持ち、尻尾の炎を力強く燃やしながらこちらを見ている。少年は慌ててポケモン図鑑を開き、ヒトカゲに向かい、かざす。そこにはヒトカゲの進化系、火炎ポケモンのリザードと記されていた。トキワシティ近辺の草むら、この森に入ってからも経験を積んだヒトカゲは、遂に進化の時を迎えたのだ。そのたくましい姿を同時に見ていた虫取りの少年は、驚きの表情で「悔しいな!強いのを捕まえて来よう!」と言い放つと脇目も振らず、虫取りへと戻っていく。そんな後ろ姿を見て、ここでのさばって居ても成長できないぞ?などと優越感に浸り、上から目線の思考に酔いしれる、他の思考が停止した少年はニヤケ顔のまま木々の生い茂る並木道トンネルを進む。その向こうで出口の光が差し込め、長く迷路のように入り組んだ森の終点を告げる。